15.『見えなかった教会』
それまで必死に運転していた運転手が、あきらめて無線に呼びかけた。
「こちらタス。タスは動けない。救助してくれ!」
タス、とはフランス語でカップの事。
この車の呼び名だ。
ボンボニエールとの対比で決めたのかな。
車の周りに小さな花火みたいなものがとんだ。
とたんに茶色い煙か弾けた。
「煙幕・・・?」
そう思えるくらいには、落ち着いてたと思う。
そう、煙幕だ。
茶色い煙が、山からの視界を隠していく。
ゲリラの潜んでいた山が見えなくなる。
と、同時に一台のセカンド・ボンボニエールが駆け寄った。
「ドアからはなれて!」
運転手が叫んだ。
「ドアを引きちぎります! 予備のコンテナにうつってください!」
ボンボニエールの手がドアにかかる。
ロケット砲の直撃で曲がりながらも耐えた分厚いドア。
それが捩れる音を立てて揺さぶられる。
嫌でも不安な気持ちにさせる。
同時に、暑い空気が流れ込む。
木漏れ日でもやけ着くような太陽に熱せられた空気。
むせ返るような腐食した匂い。
私はなれてるけど。
ドアが引きちぎられた。
黒づくめの男女がなだれ込む。
全身を防弾装備で固めた護衛たちだ。
「官房長官は動けません!
手を貸してください!」
「わかった!」
「あなた、早くでて!」
私が真っ先に引きだされた。
官房長官を連れだすのにじゃまになるのか。
すぐそばに来たボンボニエールには、護衛を乗せるためのコンテナを引かせていた。
それが予備のコンテナ。
そこに入れば、ここから連れだしてくれる。
不意に、車の進行方向だった方を見てみた。
ゾッとした。
先頭を走っていたボンボニエールが。
あの、人の胴体よりも太い鉄の足。
それが4本ともちぎれていた。
「あいつら、精鋭だな」
秘書官と護衛の肩を借りて、官房長官がいった。
苦しそうに、あえぎながらも。
「ここまで完璧に気配を消して、ロケット砲も豊富。
一体どういう奴らだ・・・・・・」
そこに気が向くのは、さすがのプロ根性と言うべきか。
でも、煙幕はそのプロ根性に答えてくれなかったみたいだ。
私たちの向かう予備のコンテナ。
そのさらに先に、茶色と緑のまだらもようがうごめいた。
人陰だ。
そう気づくと、見るみるイメージが明確になる。
助けに来た訳じゃないのがわかる。
二人だ。
銃をこっちにむけて、自動小銃だ、殺意を込めてーー。
その時、大きな力でつかみ上げられた。
そのまま、森の中へつれていかれる。
足が着かないほどの勢いで!
後ろで、けたたましい銃声がした。
護衛たちのものだ。
さっき襲撃した者たちがいた方は、見たくない!
横を見れば、秘書官がいた。
私も同じ顔だろう、驚きに固まっている。
彼も、私と同じように運ばれていた。
そして運んでいたのは、人2人を脇に抱えていたのは。
「官房長官!?」
答えはなかった。
不意に、木がなくなった。
代わりに目に飛び込んできたのは、石造りの小さな教会だった。
鋭く延びた塔に、十字架が付いている。
この辺りでは、小さな村でもかならず教会がある。
それに向かって放り投げられた。
「きゃっ!」
痛みはない。
草むらに落ちた。
「ウワッ!」
同時に、秘書と運転手も投げ飛ばされてきた。
あれ?
ここはただの草むらじゃない?
草の下にあるのは、石畳?
そこは、教会の中だった。
外よりはずいぶん涼しい。
石の壁で遮られているからだ。
それと、脅威からも。
石の壁に空いた穴から、官房長官が入ってきた。
ガラスのなくなった窓のようだ。
しっかりとした足取りで、その場で伏せるよう手で示す。
「官房長官、こんな所をご存知だったのですか?」
運転手が笑顔で聞いている。
確かに、道からは見えない場所だ。
「いや、俺じゃない。
だが、ウワサには聞いていた。
この付近に、紛争で人々が来なくなった教会があると」
そうだ。
すぐそこで作業していた自衛隊だって、
ここを通る多くの人々も気づかなかっただろう。
「気がつくと、腹の傷にロープみたいなものが見えたんだ。
痛みはないから、味方だと思う」
官房長官は話を続ける。
「すごい力が注ぎ込まれた感じがしてな。
それと、ここに逃げれば安全だ、と言われたような気がする」
「また、官房長官の不思議に救われましたね」
秘書がうるんだ目で感謝している。
私も同じ気持ちだった。
「いつも言ってるだろ。
こんなのは偶然何かのピースが合わさったときだけ起こるんだ。
いつも起こるなんて思うな」
セカンド・ボンボニエールのタイヤの音。
続いて草を踏む足音がした。