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16.王太子の贈り物

「素敵なドレス……」

 ミカエラは自室に届けられたドレスを前に息をのんだ。

「まぁまぁ。なんて素晴らしいドレスなのでしょう。やはり、王太子殿下はミカエラさまのことを気にかけていらっしゃるのね」

 戸惑うミカエラとは対照的に、侍女のルディアは上機嫌だ。

「私はミカエラさまの侍女ですから。ミカエラさまに美しく装って頂ける舞踏会は腕の見せ所ですのよ。こんな美しいドレスなのですもの。腕が鳴りますわ」

 目をキラキラさせてルディアは届いたドレスを見ている。

「ええ……お願いするわ……」

 ミカエラもドレスに見入っていた。

 舞踏会用として届けられたドレスは、王太子の金髪を思わせる金色がベースとして使われていた。
 黒地に金で大きな薔薇の刺繍が施された生地が、胸元やドレスの裾に配されている。
 前を大きく開けてガウンを羽織っているように施されたデザインのドレスは、袖と脇や背中の部分は王太子の瞳と同じ青が使われていた。
 その上にも細かく大胆に入れられた金の刺繍。
 袖口にあしらわれているレースは黒。
 他の部分は白に金の刺繍の入ったレースが使われていた。
 ドレスの色は? と聞かれれば金色なのであるが、王太子の瞳の色はもちろん、ミカエラの色も取り入れられている。
 まさに王太子婚約者であるミカエラのためのドレスだ。

「合わせてみましょう、ミカエラさま」

 言われるがまま、ミカエラはドレスを纏ってみた。

「あぁ、お似合いですわ。流石は王太子殿下が、お見立てになっただけのことはありますわね。おふたりの色も取り入れて。何より、ミカエラさまをよくご存じですわ」
「そう、かしら?」
「ええ。ドレスのデザインはもちろん、細くても形が綺麗に出るように要所要所に固い生地で裏打ちがされているのが素晴らしいですわ」
「あっ……そうなのね」
「しかも、肌に当たる部分には柔らかい生地が貼ってあって……ミカエラさまのお肌が傷付かないように工夫されていますわ」
「まぁ」
「王太子殿下がミカエラさまを気にかけている証ですわ。素晴らしいことです。良かったですわね、ミカエラさま」
「えっ?……ええ」
「やはり、華やかな気分になりますわね。未来の王妃なのですもの。こうでなくては」
「そういうものなのかしら?」
「当たり前ではありませんか。どうしてそう思われますの?」
「いつもは、アイゼルさまが直接、ドレスを贈って下さるようなことはないから……」
「むしろ、それが異常ですわ」

 侍女はピシリと言った。

「舞踏会へ出席するドレスは婚約者が贈るものですのよ? 今までが異常でしたのです」
「そういうものなのね……」
「お気付きになっていらっしゃらなかったのですか? むしろ、それが分かりませんわ」
「ごめんなさい。私、早くに王宮に上がったので。ドレスのことを教えて貰う機会がなかったのよ」
「ご令嬢さま方と、そのような話をされなかったのですか?」
「社交はしても、普通の雑談のようなものはしないので……」

 侍女は大きな溜息を吐いた。

「ミカエラさまに一般的な常識を求めるのは愚かでした。でも、これでひとつ賢くおなりあそばしたでしょ? おねだりでもなんでもして、またドレスを贈って貰って下さいまし」
「まぁ、ねだるなんて」
「遠慮すればよいというものではありませんわ。貴族のご令嬢であれば、ドレスの一枚や二枚、普通にねだるものです」
「そうなのね」
「ドレスだけでなく宝飾品も、ねだられればよろしいのに」
「でも。私の物には予算が付いているから、普通に買えるでしょ?」
「ミカエラさま。そんな呑気なことを言っているから、ご令嬢さま方から侮られるのです。贈り物は殿方からの愛の証。どれだけ愛されているのかを測るためのものなのですよ? それはご当人さまに対してだけでなく、回りへのアピールとなるのです。ミカエラさまが王太子殿下から頻繁に良いお品を贈られれば、大切にされていると回りも思いますからね。侮られなくなるのです」
「そういうものなのね」
「ええ。そうです。そういうものなのです。だから、王太子殿下にお願いして、贈り物をして貰ってくださいな」
「……頑張ってみるわ」

 侍女は鏡に映るミカエラとドレスを見て、うっとりと呟く。

「ミカエラさまは、本当に赤がお似合いになるわ」
「そうかしら」
「ええ。よくお似合いですよ。髪はいかがいたしましょうか。アップにしましょうか。それともハーフアップにして、華やかな巻き髪にいたしますか? どちらもお似合いになると思いますよ」
「どうしましょう……」
「んん……ハーフアップにして、おろした髪を縦巻きにしましょうか? そのほうがドレスの色が、ミカエラさまの色として、引き立つかもしれませんわ」
「任せるわ」
「では。ハーフアップにして、おろした髪はきつめに巻いてみましょうか。ネックレスはルビーがよろしいですかね? それともダイヤ? どちらでも素敵ですけど。ゴールドの台座にルビーをあしらったものが華やかでよいですかねぇ~。ちょっと。ねぇ、アナタ。ネックレスとイヤリングを持ってきて頂戴」

 ルディアはメイドを呼んで、必要な物を持ってこさせた。
 そして鏡の前で、ああでもない、こうでもない、と盛り上がっていた。

 ミカエラは鏡に映る自分に問いかける。

(ねぇ? 貴女は今、何を感じているの? ドレスを贈られて嬉しい? もっと贈り物が欲しい? 舞踏会の日が待ち遠しい?)

 問いかけながらも、ハッキリさせるのが嫌だと思っている自分を感じていた。

(ねぇ、ミカエラ? もう、期待を裏切られるのは嫌よね……)

 王太子には、何度も期待を持たされた。
 そして、何度も裏切られた。
 
(それでも。あの方を嫌いになれないの……こんな自分、嫌いよ……)

 鏡に映る自分に高揚しながら、期待しないように自分を律しなければいけない。

 それはミカエラにとって、例えようもなく苦しい事だった。

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