バナー画像 お気に入り登録 応援する

文字の大きさ

17.陰謀

「いっそのこと、あの悪魔を攫って処分してしまえばよいのでは?」
「ティア副大神官。神官ともあろうお方が、穏やかではない口ぶりですな」
「でも、本心では。あなたもそう思われているのではありませんか? カーティス・マグノリア伯爵」

 チロチロと揺れる蝋燭の炎に浮かびあがるのは、黒い髪に赤い目。
 マグノリア伯爵家の現当主であり、国王の側室であるマリアの兄、第二王子であるミゼラルの伯父の姿であった。

「滅多な事を言うものではないよ、ティア副大神官」
「ふふ。ココは防音のしっかりしている部屋ですから。本音をおっしゃっても大丈夫ですよ」

 ふたりが居るのは神殿にある小部屋。
 神官相手に秘密を打ち明ける信徒もいるため用意されている部屋で、ティア副大神官とマグノリア伯爵は密会していた。

「そうはいっても簡単に信じるようでは……世の中の荒波を乗り越えることは出来ますまい」
「ふふふ。流石はマグノリア伯爵さま。用心深いことで……」
「問題でも?」
「いえ、良いことでございます」

 ティア副大神官は細長い体を二つに折って、マグノリア伯爵に頭を下げた。

「この国を背負って立つのは、マグノリア伯爵さまを後ろ盾に持つミゼラルさまが相応しい」
「嬉しいことを言ってくれるね、ティア副大神官。第二王子だからといって、王太子の器でないと最初から切り捨ててくれた国王よりも、よほど先を見通せる目を持っている」
「ありがとうございます」
「黒い髪に赤い目を持つ者を忌み嫌う風潮はあるが。過去、優秀な王のなかには黒い髪に赤い目を持つ者も多い」
「左様でございます。乱世にあっては、黒い髪に赤い目を持つ者が力を発揮するのです」
「いまは乱世ではないが……いつまでも平穏とは限らぬ」
「左様でございます」
「黒い髪に黒い目なのだから……あの女も、黒い髪の者と組めば良いのではないかな」
「と、おっしゃいますと?」
「金髪碧眼の小僧は気に食わないが、黒髪黒目の女は使い道があるかも、という話さ」
「あの悪魔と組め、と? そうおっしゃるのですか?」
「いやいや。あの女と直接どうこうというわけではない」
「では、どのような?」
「あの女の異能を、金髪碧眼の小僧ではなく、黒髪赤目の我が甥に向けさせればよいのではないか?」
「……ほう」
「我が甥、第二王子のミゼラルとて鋼で出来ているわけではない。生身の人間だ。病気もすれば怪我もする。目障りな第一王子を片付けたとしても、何事もなく王座に就けるとは限らない」
「ほう」
「王座に就いたとしても、それだけでは駄目だ。長く長く在位して貰わねば、な。そのためには、健康で長寿であることは必須」
「そうですな」
「あの女の気持ちがミゼラルに向けば……怖いものなど無くなるのではないかな?」
「ほほう。そういう事ですか……」
「ティア副大神官が、あの女を味方に付けることに反対なのであれば。……諦めなければならないが」
「いえいえ。あの女がこちら側に、味方に付くというのなら話は別です」
「ほう、風向きが変わる、と?」
「はい。あの女が持つ異能は、『愛した人』に対してのみ働くものです。その対象は不変ではありません」
「だが。ティア副大神官は、あの女が気に入らないのでは?」
「それは。たかだか人間の、しかも女であるミカエラが。次代の王を守るなどという生意気かつ、おこがましい事をしているからです。あの異能は、本当に厄介で忌々しいですからな。……ですが。こちらが利用できる駒となるのであれば、話は別です。どんな手段を使われようとも、どんな刺客が遣わされようとも、ミカエラの異能があればミゼラルさまのお命は守られます。……そうですね。ええ、ええ。あの女をこちら側に取り込みましょう」
「ふふふ。ティア副大神官。随分と顔色が良くなったな」
「はい。マグノリア伯爵さま。私は今、神の啓示を受けたような気分でございます」
「神の啓示、か。それは良かったな」
「はい」
「幸い、我が甥っ子殿はミカエラを憎からず思っているようだ」
「それは心強いですな」
「とはいえ。ミゼラルも、まだまだ初心な男だ。お膳立てせねば先に進むのは難しい。だから、我らが助け船をださねばな」
「お優しい伯父上をお持ちで、ミゼラルさまが羨ましい」
「ふふふ。さて。どのような方法を使うか、考えなくては」
「そうですねぇ。愛する対象を変えるとなりますと……神官である私には、未知の領域ですな」
「ふふふ。ティア副大神官といえども、色恋には疎いと?」
「そちらの方面は……ええ、全く分かりません」
「意外と正直者なのだな、あなたは」
「分からないことを分からないと言う勇気を持つことは、賢者の第一歩ですから」
「賢者か……。とはいえ、私も色恋には疎い方だな」
「どういたしましょう」
「そうだなぁ……恋に落ちる状況を作る、というのが手っ取り早いか」
「と、言いますと?」
「定番ではあるが、危機を作って救いに行く、というのは、どうだろうか?」
「ほう。と、言いますと……まずは、あの女を危機に陥らせると?」
「ああ。そんな所だ」
「どんな危機が色恋には効くのでしょうね?」
「そうさなぁ……あんな女でも一応は王太子殿下のと婚約者。側には護衛が付いている」
「先に護衛が救ってしまえば意味はありませんな」
「ああ。護衛と恋に落ちて貰っても困る」
「そうですな」
「まずは……護衛と引き離すか……」
「……ですね……」

 神殿にある小部屋では、ティア副大神官とマグノリア伯爵の密談が長く続いたのだった。

しおり