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15.お茶会

「お招きありがとうございます」

 お茶会への出席も大事な社交のひとつである。
 ミカエラは、あの日倒れたガゼボで開かれたお茶会に招かれていた。

「まぁ、ミカエラさま。ようこそお越しくださいました。あの日から間もないのに、ありがとうございます。お加減はいかがです?」
「ありがとうございます、ヴァリーデ公爵夫人さま。おかげさまで元気になりましたわ。ご心配おかけして申し訳ございません」
「たいしたことが無くて本当によかったわ。貴女は王太子の婚約者。未来の王太子妃であり、未来の王妃。元気でいて貰わなくてはね」
「はい。承知しております」

 王太子が襲撃を受けた日。
 結果として貴族たちの噂になったのはミカエラが倒れたという話のほうだった。
 怪我ひとつ無い王太子襲撃よりも、血を噴き出して倒れた令嬢の話の方が面白い。
 理由は、それだけだ。

 ミカエラが貴族たちの噂になるのは毎度のことであり、時には変な話も混ざってしまう。
 その際、王家は噂を否定するのではなく、もっともらしい嘘とすり替える手法をとっていた。
 今回も『何も無いのにいきなり血を噴き出した』という話から『溜まっていた月経血が溢れ出てドレスを汚した』という話に変わっていた。

「体調が悪いときには、欠席する勇気も大切よ。断りにくいお誘いもあるでしょうけどね。特に前回のお茶会は、王妃さま主催のものでしたからね。断りにくかったのは分かりますけれど……」
「はい……」

 庭園でミカエラが倒れたという噂は、瞬く間に広がっていた。
 つい一昨日のことであるのに、令嬢たちは皆、そのことを知っていた。
 こちらを見てクスクス笑っている。

『いきなり血を噴き出したのですって』
『まぁ、不気味ね』
『不吉な』
『そんな方が次期王妃で大丈夫ですの?』

 と、いう話から、

『月経血が溢れてしまったそうよ』
『まぁ、なんて粗相を』
『そんな方が次期王妃で大丈夫ですの?』

 と、いう話に変わっただけである。

 突然血を噴き出す不気味で不吉な娘よりも、月経血による粗相をしてしまう娘の方がまだマシだと王家は思ったのだろう。

 クスクスと笑う者のなかに、真実を知る者はひとりとしていない。
 
「なぜミカエラさまなのかしら?」
「本当に不思議よね」
「不気味で粗相もするような粗忽者なのに。なぜ、あのような方が王太子殿下の婚約者なのかしら?」
「そうよね。美しくもありませんしね」
「だいたい王太子殿下からの寵愛もないではありませんか」
「たかだか伯爵家ですしね」
「地位も後ろ盾も弱いのに。なぜミカエラさまなのかしら?」
「なぜかしらね?」
「婚約者にしないと、呪われてしまう、とか?」
「あら、貴女。それはちょっと酷くてよ」
「まぁ、貴女だって、相当酷くてよ」

 クスクスと楽しそうな複数の令嬢たちの笑い声がさざめく。
 小さな笑い声が絨毯のようにガゼボのなかを広がって行くのを、ミカエラは感じていた。

 いつもの事である。
 彼女を守る者など誰もいない。
 大勢の貴族たちがガゼボの中にひしめいているけれど、味方はいない。
 いつだってミカエラは、耐えるしかないのだ。

 何の為に?

 最近、よく考える。
 私は耐えるしかないのか。
 本当に逃げ出すことは出来ないのか、と。

「やぁ。お邪魔するよ」
「まぁ。王太子殿下」
「ヴァリーデ公爵夫人。少しだけ顔を出させて貰ったよ」
「ようこそ、いらっしゃいました。お忙しいところをありがとうございます」
「いえいえ。本当に少し顔を出しただけですから。執務が立て込んでおりまして」
「まぁ。お忙しいのね」
「ええ。先日の襲撃で執務が滞ってしまって。急いで済ませなければいけなくなってしまいました」
「まぁまぁ。それは大変ですわね。お忙しいところ来て頂けて光栄ですわ」

 時ならぬ王太子の登場に、令嬢たちは興奮して騒めいた。

「王太子殿下よ」
「今日も素敵ね」
「あの美しい金髪」
「澄んだ青い瞳」
「スラッとした逞しい体」
「優しそうな笑顔」
「堪りませんわ」

 ガゼボの中に入ってきた王太子は、ミカエラを認めて笑みを浮かべた。

「ミカエラ。そこに居たのか」
「はい。ごきげんよう、アイゼルさま」
「ふふ。先日は心配させて悪かったね」
「いえいえ。ご無事でなによりですけ
「お詫びに、今度の舞踏会用のドレスをプレゼントさせて貰うよ」
「……えっ……」

 ふたりの様子を遠巻きに眺めていた令嬢たちは、まぁ、とか、あら、とか言いながら騒めいている。

(ドレスなんて贈られたことがないのに……いえ、贈り物なんて貰ったことがないのに……)

 ミカエラは不思議に思ったが、王太子は機嫌良さそうに笑いながら言う。

「では、楽しみにしていてね」
「はい。ありがとうございます」

(素敵な笑顔。……この笑顔が見られるのなら、利用されるだけの関係でもいい……)

 王太子アイゼルは、ニコニコしながら去って行った。

「あら、王太子殿下はミカエラさまに興味が無かったのでは?」
「今回だけでしょ?」
「そうよ。襲撃の件で心配をかけたお詫びよ」
「お詫びだからドレスを贈るのね」
「でも、普段はドレスすら贈られないなんてね。やっぱり愛されないのね」
「そうよね。だって、ドレスは婚約者が贈るものですもの」
「ええ。普通のことよ」
「その普通が無かった、ということは、やはりミカエラさまは愛されていないのよ」
「形だけの婚約ね」
「愛もなく、後ろ盾も弱い伯爵令嬢が、なぜ王太子殿下の婚約者なのかしら?」
「そこが不思議なのよねぇ~」

 周囲のざわめきは、ミカエラの耳には届かなかった。
 
(ドレス……アイゼルさまの……お心がこもったドレス? アイゼルさまの気持ちがこもったドレスだと信じたい。信じたいけれど……また裏切られるのは、嫌……)

 ミカエラは不安げな面持ちで王太子の後姿を見送った。

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