14.それは呪いではなく加護
人の目は映せない。
色とりどりの花が咲き乱れる庭園に飛び回る妖精たちの姿を。
人の耳は聞き取れない。
花の上で人々を眺めながら話す、妖精たちの声を。
ミカエラの周囲には妖精たちが何時も飛び交っている。
だが、それを知る人間はおらず、気付く者もいない。
そして妖精たちの嘆きも、聞き取る事が出来る者などいなかった。
「ミカエラは、今日も悲しそうだね」
「そうだね、ラハット。昨日も悲しそうだったね」
「エッセラぁ。何とかしてあげようよ。このままだと明日も悲しいままになっちゃうよぉ」
「ウィラ。ボクたちは妖精だからね。ミカエラには見えないし、声も聞こえないよ」
「そうだよ。ボクたちは姿を見せてもいけいなし、声も聞かせちゃいけないんだよ」
「どうして? ボクたち、ミカエラの守護妖精じゃないか」
ウィラは不満げに頬を膨らませた。
薔薇の花よりも小さな体には透明な羽が生えていて、背中でパタパタと忙しく動いている。
「ボクたちミカエラの守護妖精は、彼女のために人間界にいるけれど。それは内緒にしておかないといけないことなんだよ」
「そうだよ。ボクたちの存在は知られたらいけないんだ」
「どうして?」
「ボクたちの存在が知られてしまったら。ミカエラが、もっと辛い立場に置かれることになるからさ」
「そうだよ。ミカエラは、なるべく普通に見える人間でいるほうが安全だし、幸せなんだよ」
「どうして? あんなに悲しそうなのに?」
「今でさえ辛そうなんだよ? ボクたちの存在が人間たちにバレたら、ミカエラがどんな目に遭わされるか。それがとても怖いよ」
「そうだよ。彼女はただでさえ、他人とは違うんだ。ボクたちの存在がバレたら、実験とかされちゃうかもしれない」
「えっ? 実験?」
「ボクたちの存在は、ミカエラを通さないと人間たちには分からないからね」
「妖精を知るために、ミカエラをいじめてしまう人間がいるかもしれない。叩いたり、血を抜いたり」
「えー⁉ ヤダっ。そんな目に遭わせたくないっ」
「だからボクたちは、彼女の側にそっといるだけなんだよ」
「妖精の加護は、側にいるだけで得られるからね」
「ボク、ミカエラの側にいてあげる」
「そうだね、ウィラ。そうしようね」
「ウィラは良い子だね」
「えへへ」
ウィラは頬を染めて、空中をクルンと一回転した。
「本当は、もっと色々としてあげたいけれど」
ラハットは赤い瞳に憂いを帯びさせて、彼女のいる方角を眺めた。
赤い瞳に赤い髪。
色白でソバカスが浮いた小さな妖精、ラハットは生命力の加護を与えることができる。
彼のおかげでミカエラは死なずに済んでいるのだった。
「そうだね。ボクたちに出来ることは、もっとあるはずだ」
緑の瞳に緑の髪。
黄みを帯びた肌をしたエッセラは、治癒力の加護を与えることができる。
彼のおかけでミカエラは、どんな傷害を負っても治ることができるのだ。
「ボクなんて……彼女に加護を与えてあげられていないのも同じだよ」
黄色の髪に青い瞳。
黄みを帯びた肌をしたウィラは、オレンジ色の頬を膨らめた。
ウィラは心の健康を支える愛と幸運の加護を与えることができる妖精だ。
「ミカエラは……もっと健康で健全な心を持って、愛と幸運を感じながら幸せに生きられるハズだったのに……」
ウィラは悔しそうに唇を噛みしめた。
「ウィラのせいじゃないよ」
「そうだよ、ウィラのせいじゃない」
「でも……ボクは……もっとミカエラのために働きたいんだ」
「仕方ないよ。今は我慢しよう」
「今だけだ。きっと今だけだから我慢しよう」
「どうにか……ならないかな?……どうにか、できないかな?」
「今は無理だよ、ウィラ」
「ラハットの言う通りだ。今は無理なんだよ、ウィラ」
「でもさ、エッセラ。今は無理なら、いつからならいいの?」
「それはボクたちには分からないよ、ウィラ」
ラハットはウィラのオレンジ色の頬を、なだめるように撫でた。
「ラハット。ボクは歯がゆいよ」
エッセラはラハットの撫でている頬の反対側を、なだめるように撫でた。
「分かってるよ、ウィラ。時を待とう」
「エッセラ……」
「今は、ミカエラに気付かれるのもダメだ」
「ラハットの言う通りだ」
「どうして?」
「奴らに気付かれないためさ」
「そうだ。彼らに気付かれたらいけない。隠れていないと」
「結局は全て奴らのせいか……」
「ああ。奴らのせいだ」
「そうだね。奴らのせいだ」
「ミカエラが奴らに殺されちゃったら、どうしよう?」
「それはないよ」
「そうだよ、それはない。そのためにボクらがいるんだから」
「そうか……そのためにボクらはいる」
「ミカエラを守ろう」
「まずは、命を守ろう。生きていてもらおう」
「うん。そうすればいつか、幸せにしてあげられるね?」
「ああ、そうだよ、ウィラ」
「生き続けていれば……いつかお前の出番がくる」
「うん。ボク、待ってる」
ウィラはニコッと笑うと、空中をクルンと一回転。
キラリと光って庭園に華を添える。
通りすがりの女官が煌く景色に頬を染め幸福感を現わすも、肝心のミカエラは気付きもしない。
ウィラにとっては、加護を届けることが出来ない自分のほうこそ、呪いにかかっているように思えた。
小さくて羽が生えている妖精たちは、常にミカエラの周囲を飛び回り、彼女に寄り添っている。
だが。
ミカエラは、それを知らない。
「ボクらが呪いだと思われているのは、とても辛いけど」
「分かるよ、ウィラ」
「でも今は、それを知らせる時期じゃない」
ウィラの言葉に、後のふたりはコクコクと頭を縦に振って同意した。
「そうだね、今じゃない。でも、早く教えてあげたいね」
「ねぇ、エッセラ。どうしたら早く教えてあげられるようになるの?」
「うーん。奴らに見つからずに、ミカエラへ伝える方法があれば……」
難しい問題について妖精たちは常に頭を悩ませていたが、それを知る人間もまた誰もいない。
妖精たちは適切なアドバイスを得られず、難問を抱えたまま、ミカエラを見守るしかなかったのである。