7.襲撃
サロンを出た王太子一行は、お茶会が開かれている庭園を目指した。
庭園は王宮と繋がっている。
外廊下を出たなら、すぐに美しい花々が見られる趣向だ。
建物に囲まれるようにして中央に位置する庭園は、王族や貴族たちにとっての憩いの場であり、警備も万全の安全な場所と言えた。
美しく安全な憩いの場だからこそ、王妃主催のお茶会がガゼボで行われ、そこに王太子の婚約者であるミカエラや王太子本人が会しても問題がないと許可が出されたのだ。
だが――――。
「危ないっ!」
最初に声を上げたのはイエガーだった。
「「「「「キャー―――ッ!」」」」」
令嬢たちの悲鳴が背後で上がる。
目前の護衛が突然剣を抜き、アイゼル目がけて飛びかかってきたのだ。
寸前で身を躱すアイゼル、間に割って入るイエガー。
アイゼルは令嬢たちを守るように、その前に立っていた。
レクターは素早く駆け寄り、襲撃者となった護衛の前に立ち塞がる。
「どういうことだっ!」
威嚇するように怒号を上げるレクター。
しかし、非番の彼は武器を携帯してはいなかった。
襲撃者は侮蔑の表情を浮かべ、黙って剣を構え直した。
背後に付いていた護衛がアイゼルを捉えようと手を伸ばす。
イエガーはその手を振り払い、殴りかかった。
が、体格の良い襲撃者相手との戦いは小柄なイエガーにとって圧倒的不利であり、伸ばされる手を防ぐ程度の効果しかない。
体格で劣るイエガーの反撃は易々と躱される。
襲撃者たちに諦める様子はなかった。
「私を王太子アイゼル・イグムハットと、知った上の狼藉かっ?」
護衛から一転、襲撃者に代わった男の手を逃れたアイゼルが問う。
「「「……」」」
だが、こちらに向かってくる元護衛たちは無言だ。
言葉を発することなく、鋭く光る切っ先をこちらに向けて迫って来る。
騒ぎを聞きつけて他の護衛騎士たちも駆けつけてくるに違いない。
それが分かっていて襲ってくるということは、彼らは捨て身の襲撃者なのだ。
命を捨てる覚悟を持った者たちに襲われたなら、腕っぷしの強さに関係なく油断は禁物。
ついさっきまでの浮かれた気分は一気に吹き飛んでいた。
「殿下の命をお守りしろっ」
叫ぶが早いかイエガーはレクターの背後から飛び出した。
小柄な体を活かして、襲撃者のひとりの懐に身を屈めて飛び込む。
体格の良い襲撃者の攻撃を器用に躱し、横に飛んだり、縦に飛んだりして相手の足元を崩しにかかった。
「うわっ」
声を上げて倒れた襲撃者をイエガーは足で抑え込み、持っていた武器を奪うとレクターに向かって投げた。
「これを使え、レクター」
「わかったっ!」
レクターはイエガーが投げ渡した剣を受け取ると、素早く構えて襲撃者と向かいあう。
イエガーは自分用に小剣を奪うと、素早くレクターの背後に戻った。
「貴様たちは何者だっ!」
叫ぶレクターには強者の気迫があったが、数で勝る襲撃者に怯む様子はない。
レクターの背後に控えたイエガーは、奪った小剣を構えた。
小柄なイエガーは、長剣よりも小剣の扱いに長けている。
薄茶色の目に鋭い光を宿して敵を見渡す。
相手の隙を突いて戦うタイプのイエガーには、襲撃者を威圧するほどの迫力はない。
しかし、その鋭い眼光は彼が只者ではないことを告げていた。
「雇い主は誰だっ⁈」
「……」
「誰の差し金だっ!」
「……」
イエガーが鋭く問うた所で、命を捨てる覚悟のある相手に効果はなかった。
じりじりと間合いを詰めてくる襲撃者たち。
三名なら、なんとか互角に持ち込むことも可能だろう。
が、襲撃者は四人。
令嬢たちは、なんとか後ろから逃がしたものの危険は去っていない。
気付けばアイゼルたち三人は襲撃者に取り囲まれる形となっていた。
隙があるとすれば。
イエガーに長剣と小剣を奪われ、味方から受け取った小剣を構える襲撃者だろうか。
だが左手に小剣を構える襲撃者は、反対側の手に何かを持っている。
剣以外のやっかいな武器を持ち込まれていたら、アイゼルたちは一気に不利な立場になってしまうのだ。
油断は出来ない。
「オリャ―ッ」
最初に動いたのはイエガーだ。
小柄な彼は身軽さを活かして上下左右と敵を躱しながら上に飛んだ。
そこを目がけて襲撃者が刃を向ける。
「死ねっ!」
「そうはさせるかっ!」
「うわっ⁈」
イエガーが手首目がけて蹴りを入れると襲撃者は叫びを上げながら剣を取り落とした。
「オリャ―! 死ねぇっ!」
「死なねぇよっ!」
剣を構えたレクターは、飛び込んできた刺客を正面から受け止め、押し返し、切り返す。
剣の打ち合う音と互いの発する怒号飛び交う戦場が、あっという間に出来上がった。
ひらりひらりと身軽に飛ぶイエガーの足が止まることはない。
が、屈強な襲撃者を前にしては、イエガーの奇襲は決定打とはならない。
レクターの動きも、攻守どちらともつかずパッとはしない。
護衛として働くレクターは、アイゼルを守ることに意識がいっているのだ。
戦士としての意識が優先されていれば、とっくに襲撃者のひとりやふたりは打ち取っていることだろう。
だが彼がいま優先すべきなのは王太子たるアイゼルを守ること。
結果として襲撃者の数を減らすには至らず、レクターたちは苦戦を強いられていた。
「くそっ……援軍は、まだかっ」
レクターは吐き出すように言うと、憎々しげに襲撃者を睨む。
守られる立場であるアイゼルも歯がゆい思いをしていた。
隠れているだけでは、敵を倒すことは出来ない。
かといって、自分が切り込んで反撃されれば逆効果だ。
アイゼルが一番しなければならないことは、己の身を守ること。
じれったさに歯噛みしても事態は変わらない。
うららかな陽光降り注ぐ美しい庭を尻目に、冷たい刃が打ち合わされる煌きに人々の意識は集中していた。
アイゼルの前方に回り込んだ襲撃者を相手にするため、イエガーとレクターが揃って前に打って出たその時だ。
がら空きになった後ろから一人の令嬢が飛び出してきた。
「ご令嬢っ! 危ないから下がっていて!」
レクターが叫ぶが早いか、令嬢の掌中で刃が煌くが早いか。
王太子アイゼルの背中に、短いが鋭い刃が襲い掛かった。
「アイゼルっ!」
「「「「「キャー―――ッ!」」」」」
イエガーの男にしては高い声が王太子の名を呼び、隠れていた令嬢たちはいっせいに悲鳴を上げた。
がら空きの背後から襲われたアイゼルに、襲撃を防ぐ手立てはなく。
令嬢の震える手が小剣の柄から離れた時、その切っ先は彼の背中深くに埋まっていた。
「アイゼルーーーーっ!」
真っ青になったイエガーは素早く彼に駆け寄ると、倒れていく体を受け止める。
レクターは息と言葉を飲み込んでその場に立ち尽くし、イエガーの腕の中でグッタリしているアイゼルを見下ろしていた。
令嬢や使用人たちは恐慌をきたし、慌てふためく。
その隙に、襲撃者たちは逃げ去った。
残された人々は混沌の中に落とされ狼狽し、恐怖に震えた。
王太子は……次代の国王はどうなるのか?
だから、彼らは気付かなかった。
この時、此処とは違う場所で起きていた騒ぎに。
時同じくしてガゼボの中では、違う形の騒ぎが起きていたのである。