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6.王太子

 ここは王宮内にあるサロン。
 豪奢な室内に貴族令嬢たちを侍らせながら、王太子は幼馴染たちと戯れていた。

「そう? 私って美しいかな?」

 第一王子にして王太子であるアイゼル・イグムハットは小首を傾げて、ソファの隣に座る公爵令嬢を覗き込んだ。
 金髪に縁取られ、いかにも王子然とした整った顔。
 男らしくも美しい澄んだ青い瞳に覗き込まれた令嬢は、白い肌をピンクに染めてうっとりとした溜息を吐く。

「身長188センチもある大男が小首かしげても可愛くありませんよ」
「イエガー・ポワゾン伯爵令息。幼馴染とはいえ、その言い方は不敬ではないかな?」
「お前は堅すぎだよ、レクター・ニールセン伯爵令息」

 イエガー・ポワゾン伯爵令息は、薄茶の髪と瞳の細身な青年だ。
 レクター・ニールセンは護衛騎士をしている黒目黒髪の大男である。
 二メートル近い高身長な上に厚みのある筋肉を浅黒い肌で覆っている、貴族にしては男臭いタイプだ。
 対してイエガーは他のふたりに比べて身長も低く、筋肉もついてはいない。
 細く締まった体は華奢にすら見える。
 薄茶の髪と瞳を持つ細身のイエガーは目立たない容姿をしていたが、時折見せる表情や仕草が妙な色気を感じさせる男でもあった。

「私たちは同い年の22歳。しかも皆、独身だ。楽しもうじゃないか」
「あなたには婚約者がいらっしゃるでしょ、アイゼル王太子殿下」
「レクターは堅いな」
「そうでしょ? アイゼル殿下も、そう思うでしょ?」
「お前は軽すぎるよ、イエガー。私の友人には丁度良いバランスのとれた人間はいないな」
「はははっ。殿下。そんな丁度良くバランスのとれた人間など、この世に存在しませんよ」
「辛辣だな、イエガー」
「ひねくれものといつものように言って下さっても良いのですよ、殿下」
「ふふふ。私だって場の雰囲気は読むのだよ。せっかく綺麗なご令嬢方に囲まれているというのに、いつもの幼馴染トークを聞かせているだけでは、白けさせてしまうではないか」

 王太子は令嬢たちに笑みを向けた。
 父は国王、母は王妃。
 血筋のよろしい次期国王は、鍛え上げた体を青に金の刺繍の入ったコートを羽織り、健康的な肌色をしていた。
 着やせするタイプであることを兄弟から聞き及んでいる令嬢たちは、白のウエストコートの下にはどんな肉体が隠されているのかをよく噂していた。
 令嬢たちにとって金の髪と青い瞳を持ったアイゼルは、絵に描いたような王子さまなのである。

 幼馴染であり護衛騎士をしているレクター・ニールセンは、アイゼルがそれだけの男ではないことを知っていた。
 令嬢にとっての憧れの王子さまは、レクターにとっては未来の国王である。
 見た目通りの優しげな男ではないことを、一番よく知っていると言っていい。
 いざ戦となったら先頭に立って敵に立ち向かうであろう王太子の幼馴染であることは、レクターにとっての誇りである。
 それと同時に、貴族たちから苛めに遭いながらも健気に耐えるミカエラを守らない不実な婚約者である男に、レクターの胸中は複雑であった。

 もうひとりの幼馴染であるイエガー・ポワゾンは、アイゼルの振る舞いに対して寛容であった。
 ポワゾン伯爵家の嫡男であるイエガーには双子の姉がいる。
 イエガーの姉、レイチェルは王太子が侍らせている令嬢のひとりだ。
 広い領地を持つポワゾン伯爵家の嫡男であるイエガーは領地管理の仕事で忙しくしているため、王宮での仕事に就いていない。
 王宮に赴くのは、もっぱら姉のレイチェルの方である。

「イエガーは、もう少しレイチェル殿の行動を諫めたほうが良い」
「なに? レクター。お姉さまが、何か問題を起こしたとでも?」
「今は問題がないかもしれない。しかし、慎みには欠けるね」
「慎みを女性にばかり求めるのは時代遅れだよ、レクター」
「そうだよ、レクター。女性も自分で幸せを求めていいだろう?」
「殿下。殿下は男性ですが、もう少し慎みを持たれたほうが良いと思いますよ?」
「固いなー。レクターは」
「そうだよ、レクター。アイゼルの言う通りだ。せっかく久しぶりに幼馴染が顔を合わせたというのに、説教とは頂けないね」
「確かにオレは今、非番だが。だからといって王宮内で下手な発言は出来ないよ。なんといっても職場なんだ。非番であっても関係ない」
「ホント、昔からレクターは固いよね。真面目なのはいいけど、融通が利かない」
「仕方ないだろう、イエガー。オレはお前とは違うんだ」
「うん。確かに僕は融通の利く柔軟なタイプだよね」
「ふふふ、自画自賛かい?」
「だって仕方ないじゃないか、アイゼル。誰も僕を褒めてくれないんだから。領地経営だって大変なんですよ? なのに、上手くいってて当然、みたいな感じで流されちゃう。地味な仕事だから、成果を上げてても目立たないのです。僕だって、そこそこ優秀なのに」
「まぁまぁ。キミが頑張っているのは知ってるよ」
「ありがたき幸せです。殿下ぁ~」
「そんな時だけ調子よく殿下呼びか?」
「もうっ。レクターってばウルサイ」

 久しぶりに顔を合わせた幼馴染たちは、男同士であってもかしましい。
 サロンで戯れる王太子たちを、物陰から眺めている人影があったが、それに気付く者はいなかった。

「ふふふ。……そろそろ、庭に出ないか? 母上たちが騒ぎ出す頃だ」
「そうだね、アイゼル。王妃さまのお茶会へ行くのが目的だっけ」
「目的を忘れたら駄目だろう、イエガー」
「レクターだって言わなかったじゃないか」
「オレはタイミングを見計らっていたんだ」
「まぁまぁ、ふたりとも。では、行こうか」

 王太子がソファから立ち上がると、釣られるように令嬢たちも立ち上がった。
 令嬢たちを後ろに従えて、王太子たちはサロンを後にした。
 話に夢中になっていた彼らは、先導する護衛騎士が顔なじみでないことや、後ろからついてくる護衛騎士の人数がいつもよりも少ないことに気付くことはなかった。

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