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【五】倒せる敵と倒せない敵


 都市を抜ける門をくぐり、俺とフォードは草原へと出た。心地の良い風が吹いていて、俺達の髪を揺らしていく。現在の季節は春だ。この大陸には、四季がある。大陸内にある国々や魔王国でもそれは変わらないだろうが、位置によっては降雪量などが違うのだろう。

「なぁジーク?」

 その時、声をかけられて、俺は我に返った。

「なんだ?」
「お前ってレベルはいくつで、ランクは何なんだ?」
「レベルは999で、ランクはSSSだ」
「っははは、面白くないぞ、その冗談! なにか、ジークって魔王か何か? まさかなー。こんなところにいるわけがない。俺は、Cランクでレベルは64だ。よろしくな」
「あ、ああ……」

 信じてもらえなかったが、カードの記載は基本的には他者には見えないから、事実だと証明するすべがない。俺は曖昧に笑った。

「前衛は俺がやるけど、俺はほとんど討伐経験がないんだ。不安しかないぞ……」
「ある程度なら、俺は頑張れると思ってる」
「お、ジーク! 頼りになるな」

 そんなやりとりをしていると、正面の茂みが揺れた。俺とフォードはそろって視線を向ける。するとフォードが声を上げた。

「あ、スライム……!」

 俺もそれを確認した。ただのスライムではない。レッドスライムと俗に呼ばれる、スライムの中で火属性で強い魔物だった。この世界には、地・水・火・風・雷・光・闇の七属性が存在している。

「ど、ど、どうしよ! 俺、Cランクだぞ!?」

 前衛をすると意気込んでいたフォードが、俺の背後に隠れた。俺は永久ダンジョンにて、何度もレッドスライムを倒した経験があるので、杖を握りなおす。俺の杖は水晶から削りだしたとされる、師匠に与えられた細長い品である。槍に似ているが、基本的な使い方としては、脳裏に魔法陣を思い描いた状態で、それを振る事となる。俺は今回、対抗属性である水属性の攻撃魔術を発動させる魔法陣を脳裏に描いてから、杖を振った。

 すると氷柱が空から降ってきて、レッドスライムに突き刺さった。
 レッドスライムの体から、火の粉が飛び散り、最後にレッドスライムは溶けて消えた。

「倒した……?」

 俺が呟くと、俺の後ろから、ひょいとフォードが、レッドスライムがいたはずの場所を見た。

「す、すごい……! あのスライムってレベル、いくつだった? 直接倒せば、カードに敵のレベルが記録されてるだろ?」

 その言葉に、俺は冒険者の登録証――証明書を見せた。
 魔物情報は共有されるそうで、俺はたった今カードが把握したらしいレッドスライムのレベルと、そのほかに特徴をフォードに共有する。

 そして水属性に弱いと判断して、「氷柱を魔術で作って追い払ったんだ」と伝えた。するとフォードは、腕を組んだ。

「なるほど。ジークは完璧だった」
「そ、そうか?」

 人生で初めて実践的な魔術を褒められて、僕は気恥ずかしくなった。

「この調子で、ここからも頼んだからな!」
「頑張る」

 俺は両頬を持ち上げて、笑顔で頷いた。この夜が最初の野宿であり、その後三回ほど俺達は野宿をした。俺がテントと毛布を取り出したのを見て、野営場所に洞窟を考えていたらしいフォードが瞳を輝かせた。その夜の食事は、ホワイトシチューで、こちらはフォードが作ってくれた。体が温まると思いながら、俺は完食した。

「明日にはいよいよ、アーカルネの門をくぐれるし、依頼も完了だな」

 フォードの明るい声に、俺は頷いた。
 そうして翌朝、俺達は早くにキャンプをたたんでから、目的の門を目指した。今はどこの都市も、魔王軍に所属する魔族や魔物の襲撃を恐れて、見張りの塔を作っているらしい。俺とフォードは顔を見合わせてから、門を目指して歩き始めた。

「待ちな!」

 俺達にニタニタと笑うような声がかかったのは、開けた場所においてだった。眼前には門が見えるくらいの距離だが、道の左右に広がっている林の木々の陰から、突如として現れ俺とフォードを取り囲んだ――山賊の集団に、俺は震えた。

「有り金を全部おいていけ」

 楽しそうなしゃがれた声で、頭領らしき男が嗤っている。ビクビクしながら俺は、杖を握りなおした。俺は、実際にレベル999でSSSランクではある。けれど、過去に一度も人間を相手に戦った事はない。

「……」

 俺は二つの意味で怖くなった。今、眼前にいる集団が笑いながら近づいてくるのがまず怖い。

「離せ!」

 その時取り囲まれたフォードが服を強引に引きちぎられた。俺はハッとして息を飲む。

「相手をしてもらう。初めてか? ん? 天国に連れて行ってやるよ。みんな最初は嫌がっても、すぐに癖になっちまう。そうなったらきちんと責任を取って、娼館に売り飛ばすから、安心しな」

 頭領がそういうと、集団が一斉に嗤った。

「お前は平凡な見た目だが、まぁバックからなら顔なんて関係ないしな。脱げよ。そうしたら、少しは優しくしてやるぞ?」

 そう言われて、俺は涙ぐんだ。
 ――俺のもう一つの恐怖は、俺が手を出したら、人間は、魔族や魔物、それこそ俺が戦ってきたモンスターよりもレベルもランクも低いのだから……死なせてしまうのではないかという恐怖だった。俺は、意識や知能がないモンスターを倒す事は出来るけれど、感情豊かで言葉で対話可能な人間を殺せる気がしない。

「ジーク、助けて!」
「っ」

 俺は杖を握りなおした。今は、フォードの危機だ。フォードだけでも助けなければ。そう決意し、俺はフォードを背後から押さえつけていた一人と、正面から慣らすでもなく挿入しようとしていた男の、二名の周囲の酸素を一時的に風の魔術を駆使して奪った。その瞬間、二人は気絶して、沈黙した。

「俺の仲間に何をしやがった!」

 そちらに気を取られていた俺に、頭領が手にしていた大きな斧を振り降ろそうとしていた。もう、魔法陣を脳裏に描く時間はない。俺は、俺の頭にまっすぐに向かってくる斧を、唖然として見据える。時が止まってしまったかのようにそれは緩慢に近づいてくるのだけれど、体も動き方を忘れてしまったようで凍り付いて動かない。ようやく自由になったのは、俺に斧が迫ったギリギリ、瞬きをした瞬間である。

 ――ギン。
 そんな音がしたのと同時に、俺は抱き寄せられていた。気づくと俺は、ロイの右腕の中にいた。ロイは俺を片腕で抱き寄せた状態で、もう一方の左手では剣を握り、振り降ろされた斧を受け止めている。

「ロ、ロイ……! どうしてここに?」
「ジークの事が気になってな。ジークのピンチだと感じ、つい駆けつけてしまった。これからも、俺はいつもジークを守ろう」
「え……?」
「話はあとで。この場の敵の人間を全て倒す」

 ロイはそういって俺を安心させるように微笑んでから、再び無表情な顔(かんばせ)から鋭い眼光を狼狽えている頭領に向けた。

「消えろ」

 そんなロイの声が響き終わった直後、空から雷と竜巻が落ちてきた。雷は、それぞれ空中でいくつかの稲妻じみた光りに分かれ、俺同様唖然としている山賊達の残り全員に直撃した。感電したらしく、悲鳴が聞こえてくる。俺が目を丸くしていると、そこでようやく地表に近接した竜巻の周囲の風が、俺とロイ以外の大地の上にあったものを巻き上げて、飲み込んだ。敵の連中の体が、竜巻の中でぐるぐると回っている。

「ロイ? あの人達は大丈夫なのか? 死なないよな?」
「ジークはどちらが望みだ? 囲まれて脅された報復をするのと、彼らを赦す事の。俺は心情的に、ジークを騙した人間を赦したいとは微塵も感じないから、消えろとしか思わないが」

 ロイが怖い事を言う。

「待ってくれ。俺は大丈夫だから。なんとか、赦してやってくれ」

 すると破れた服の正面を手で押さえたフォードが声を上げた。

「俺も赦せないに同意だけど! 俺を押し倒して強引にしようとした事も赦せないし、なによりジークを手にかけようとしたのが赦せない」

 それを聞いて、俺は焦った。

「自分の事もあるとして、他に俺のためにフォードが赦さないとして怒ってくれるのは、嬉しい。でも、命は一個だから、そこは赦そう。な? 騎士団に捕まえてもらったら十分だろ? 本当に二度とこういう事がないように、騎士団の人達に捕まえてもらった方がいいと思うから、王都までは竜巻で運んでもらってもいいかもな……目が回りそうだけど」

 俺がそう答えると、ロイが俺を抱き寄せる手に力を込めた。そして左腕も俺に回し、俺の事をいよいよ抱きしめて、覗き込むように顔を近づけた。

「無事でよかった」

 そう言うと、ロイが不意に俺の額に一瞬だけ、唇を押し付けて、触れるだけのキスをした。俺は目を見開いた。

「ロイ……?」
「ジークが無事だという事を、肌で感じたかったんだ。嫌だったか?」

 その時ロイが俺に問いかけながら、優しい色を瞳に宿して、唇で笑顔を形作った。
 あんまりにも神々しい微笑に、俺は見惚れかけたが、慌てて気を取り直す。
 問題は、額へのキスだ。
 ……嫌だったか? そんなのは……えっ。

「えっ……別に嫌っていうわけじゃ……ただ驚いちゃっただけで」

 俺は赤面した。俺はその顔を見られたくなかったけれど、俺の顔が見えるような体勢で、俺の背中に両腕を回して抱きしめるようにしているロイの顔は、俺の真正面にある。絶対に俺が真っ赤だと気づかれたと思ったら、俺は目が潤んできた。羞恥からだ。

「ではこれから慣れてほしい。俺とキスをするのが嫌だというのならもうしないが、嫌ではないんだな? 俺はその言葉がとても嬉しい」
「い、嫌じゃない! でも、驚く……」
「では今後は、キスする前に、してよいかきちんと聞いて、驚かせないようにする」

 笑顔でロイはそう口にすると、腕から俺を解放した。
 俺達の会話は小声だったから、フォードには聞こえていない様子で、フォードは荷物から着替えを出して、破れてしまった上着をしまい、新たな品を身に着けていた。

「しかし災難だったな。次の都市は目前だが、そこまで俺も一緒に行こう」
「ありがとうロイ。ロイも次の都市を目指して旅をしていたのか?」
「さぁな? ただ、俺はジークの窮地には、いつでも駆け付けたいと思っている」
「な。なんだよそれ……俺に甘すぎる!」
「こういう俺は嫌いか?」
「え? べ、別に? 俺はまだ、ロイの事をよくわからないけど、でも好きだよ!」
「その好きの種類が、俺とジークで同じに重なるのが楽しみだな。俺達の結末は、どんな関係になるのか……まぁ、俺としてはジークに倒されるというのは本望だが」
「何言ってるんだ? 俺は前にも言ったけど、ロイを倒したりしないぞ? 俺、人間とは戦えないしな、そもそも」
「――ならば魔族や魔王も倒せないかもしれないぞ? 基本的に人間と変わらず、しいていえば角や牙がある種族が混じっているだけだからな、魔族という存在は。他の違いは、寿命があるが、それも個体差もある」
「え、人型……? 人間と変わらない……? 絶対無理だ! 俺は、討伐するための勇者パーティには絶対に戻らないし、魔王や魔族を一人で討伐するなんていう予定もない! 俺は、まったり依頼を受けて都市から都市へと移動しながら、冒険者として独り立ちする!」

 俺が宣言すると、ロイが柔らかく笑った。そして不意に、手を持ち上げて俺の頭を撫でた。

「こ、子供じゃないんだから……! 俺はもう三十路のおっさんだ!」
「俺から見ればまだまだ若い」
「それは同じ歳くらいだから、フォローしてくれてるだろ?」
「いいや? 俺はジークよりもずっとずっと年上だ」
「そうなのか? 若いなぁ」

 そういいながら、結局俺はしばらくの間撫でられていた。

「ジーク、そろそろ行こう! また変なのが出たら困るからな!」

 その時、フォードが言った。着替え終わったフォードは、僕の隣に立つと、ロイに向かって手を差し出した。

「フォードといいます。助けてくださり、ありがとうございます」

 するとロイが、握手を返した。

「ロイだ。よろしく頼む」

 その後、俺達三人は無事に門をくぐり、都市アーカルネに足を踏み入れた。




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