5 Caseエビータ⑤
ゼロとヌフが作戦会議室で集めた情報の整理をしていた時、それは唐突に届けられた。
ガタンと椅子を倒してゼロが立ち上がる。
ヌフは連絡の内容を察して廊下に走った。
「遂に亡くなったか……」
それはエビータが死んだという知らせだった。
何の感情も乗らない唯の業務連絡のようなそのメモに、書いたものの悲しみが現れている。
作戦会議室の扉が大きく開き、オーエンとアンが入ってきた。
「決行だな」
「ああ、今夜半にロレンソ子爵邸近くの森で受け取る」
「では俺とアンか?」
「いや、俺が行く。アンは計画通り待機してくれ」
ゼロがそう言うと、アンは小さく頷いて部屋を出た。
「安らかだったのだろうか」
「わからない……関係ないさ。依頼人の希望を遂行するだけだ」
「そうだな」
二人は全身真っ黒なオペレーションスーツに身を包み、ドウの操る馬車に乗り込んだ。
予定時間より1時間近く早く到着した二人は、木の上に身を潜める。
やがて遠くから馬車が走る音が聞こえ、森の入り口で止まった。
二人は目だけで会話をして、その様子をじっと伺った。
馬車から降りて来たのは依頼者の協力者である医師一人だけ。
大きな箱を重たそうに下ろすと、周りを伺ってから蓋を開けた。
箱に入っているものを優しく抱きかかえるように取り出し、暫し抱きしめた後、木の下に置いて来た道を戻って行った。
それから数分、そのまま様子を伺っていた二人は動き出した。
医師が置いたものをじっと見詰めた後、持っていた黒い毛布に包んだ。
オーエンがそれを抱きあげ、ゼロが守るように前を走る。
ロレンソ子爵邸の正面より少し外れた道端に、それを置くと二人は闇に消えた。
翌朝、ロレンソ子爵邸は蜂の巣を突いたような騒ぎになっていた。
それを発見したのは早番で出勤してきた従者。
彼は驚愕の表情のまま屋敷に駆け込んだ。
寝間着姿のままで飛び出してきたマイケルは、それに駆け寄ると凍り付いたように立ち竦んだ後、大声で叫びながらそれを抱きしめた。
発見されたのは内臓を全て抜き取られたエビータの遺体だった。
マイケルは狂ったように泣き叫び、その声は雨雲を切り裂いた。
エビータの空っぽの腹には、昨夜から降っていた雨水が溜まっていた。
それを夢中で搔きだすマイケル。
彼の指先がエビータの背骨の内側に触れるたびに、エビータの体が揺れた。
そんなマイケルを見ながら、使用人たちはなす術も無く立っていた。
知らせを聞いた家令が馬で駆けつた。
狂ったような主人の肩を揺すり、正気に戻そうとするが、突き飛ばされ尻もちをついた。
立ち上がった家令は使用人たちを指示して、関係各所への連絡に走らせた。
「ご主人様、いつまでもそのままでは奥様がお可哀想です。屋敷に入りましょう」
「うぐっ……抉っ……エビータが……エビータ……誰がこんなことをしたんだ!」
「ご主人様」
「許さん! 許さんぞ! エビータが……私の大切なエビータが……」
マイケルはエビータの遺体を抱きなおし、その頬に自分の頬を寄せた。
その姿を見た家令がメイドに言って、大量のタオルと毛布を持ってこさせた。
「家令様、こちらでよろしいですか」
「ああ、ご苦労。ん? お前は? メイド長は?」
「メイド長は本日は遅番です。知らせは行っていると思いますが」
「そうか、では君、奥様の寝室を開けてベッドの準備を頼む」
「畏まりました」
指示を受けたキャトルが神妙な顔で屋敷に向かった
その後をセプトが追う。
「僕も手伝います。力仕事があるでしょう?」
「ええ、そうね。お願いできる?」
走り去る二人の後姿を呆然と見送った後、家令は再びマイケルの側に行った。
「ご主人様、奥様の寝室の用意が整いました」
「エビータ……」
それから2時間程で警備隊が到着した。
少し遅れてエビータの主治医も駆け込む。
警備隊は家令に指示をして、ベッドに横たわるエビータから離れようとしないマイケルを引き剝がした。
真っ白な手袋をして、指先でエビータの遺体を検める医師。
彼の顔は悲痛に歪み、目には涙を溜めていた。
「亡くなったのは2日位前でしょう。栄養状態も良かったとは言えませんね。ずいぶんと瘦せている。奥様が攫われてどのくらいでしたかね」
医師の言葉に家令が答えた。
「もう少しでひと月です」
「外傷は見当たりませんし、毒の形跡もありません。窒息した様子も無いですね……死因を特定しようにも内臓が無いのでなんとも……」
医師が家令に言う。
その声にマイケルが反応した。
「窒息でも毒でも無いだと?」
「ええ、殺すことが目的ならもっと早くに実行したはずですが、ひと月も生かしていたということです。それなのになぜ今になって殺したのか。そしてどうやって殺したのか」
「うぐっ」
マイケルがエビータに駆け寄り再び嗚咽を漏らし始めた。
医師と警備隊員達は黙って見守るしかなかった。
家令が医師たちに声を掛けた。
「あちらの部屋で休んでください。ご主人様が落ち着かれましたらお連れしますので」
頷いて移動を始めた医師が、ドアのところでチラッと振り返った。