3 Caseトマス③
暗闇の中を2つの黒い影が走る。
「どのくらい集まった?」
「今日は少なめだ」
「例の男は?」
「今日は来ないみたい」
走りながら交わされる身近い会話は不穏な匂いを漂わせていた。
2つの影は街はずれにある古びた屋敷の裏手で止まる。
中央に立った影が顎を右にしゃくると、右にいた影が音も無く消えた。
それから数秒。
残っていた影がはらりと真っ黒なローブを脱ぎ捨て、深い藍色の衣裳を身に纏った若い貴族の姿に変わった。
ゆっくりと建物の中に入っていく。
淀んだ空気が一気に押し寄せ、その若い貴族は少しだけ顔を顰めた。
廊下を進み、正面の大扉に手をかける。
スッと天井に目をやると、そこに張り付いていた影がにゅっとサムズアップして見せた。
何事も無かったように目線を正面に向けて、若い貴族は大扉を開けた。
気怠い喧噪の中、慣れた足取りで進む。
途中で掛けられる嬌声に笑顔で応え、ステージの正面に近いテーブルに陣取った。
ただでさえ薄暗かった照明が更に落とされ、ステージを浮かび上がらせる。
ステージの袖から声にならない叫びが聞こえ、ひとりの女が引き摺られて来た。
その女の顔は恐怖にゆがみ、その四肢は自由を奪われている。
一糸纏わぬ姿で鎖につながれ、その鎖の先端はステージの天井からぶら下がっていた金具へと続いていた。
首輪と腕と足を拘束されたその女は、太ももの付け根につけられた拘束ベルトによって、少しずつ足を開かされていった。
客席から歓声が上がるのと、女が秘所を客席に向かって晒すのはほぼ同時だった。
ステージにひとりの男が登場し、客に向かってオークションの開催を宣言した。
平民ならゆうにひと月は暮らせるであろう金額から始まった競りは、瞬く間に高額へと変わっていく。
手札を上げて更なる高値を叫ぶ男たちの顔は、すでに狂気に満ちていた。
引き摺りだされた女はアニタ。
つい最近まで座主の女として贅沢を極めていた。
客席には甘い香りが漂い、その場にいる男も女もその淀んだ空気に酔いしれている。
「醜いな」
一人だけ冷静な顔をしている若い貴族がボソッと言った。
いつの間にいたのか、その後ろに従者の姿がある。
若い貴族は振り返ることも無く言った。
「売れた?」
「ああ、バッチリだよ。こちらの条件も全て飲んでくれた」
「引き渡しは?」
「予定通り」
「了解」
カンという乾いた木槌の音が響き、本日の落札者が決定した。
下品な顔を更にだらしなくした貴族らしい男が、ズボンのベルトを寛げながらステージに上がる。
その男がつけている仮面は狐だ。
女はその男の下半身を見て、悲鳴を上げた。
その男のそれは、明らかに忌まわしい病に罹っている痕跡があった。
「えらく太った狐だな」
「ああ。あいつはなかなか渋いことをするんだ。まあ見てろよ」
若い貴族の後ろに控える従者が笑いながら言った。
太った狐の男は、女の横に置いてあるテーブルから数本の蠟燭を手にした。
その蠟燭に火をつけて、女の乳首に垂らし始める。
猿轡をされていないにも関わらず、女の声はくぐもっていて言葉になっていない。
「もう舌を切ったの?」
「だって煩かったんだもん」
「まあ結果は同じだもんね」
「そういうこと」
女の髪がチリチリと燃えている。
乳首に置かれた蠟燭が顔をあぶる。
大の字に開かれた体が、鎖によって宙づりになる。
床から持ち上がった女の体は、ゆらゆらと揺れていた。
体中に蠟を纏った女を、落札した男が容赦なく穿っていく。
女が気を失うと、客席からモノが投げ入れられ女に当たる。
狐の仮面の男が涎を垂らしながら、気を失った女の頭から水を浴びせる。
それでも意識をより戻せない女の頬を、手加減なく平手打ちする狐の男の頬が、興奮で紅潮するのが離れた客席からでも確認できた。
ふと客席の甘い香りがより強くなる。
顔を顰めた若い貴族は席を立った。
廊下に出て懐中時計を確認し、従者に目配せをして外に出た。