4 Caseトマス④
「今日で何にち目だっけ?」
独り言のようなその声に、従者が応えた。
「まだ三週間目だ」
「飽きたな」
「俺も」
「そろそろ切り上げるか」
「了解」
若い貴族は一人で外に出た。
従者は客席に戻らず、奥の扉からステージ裏の隠し部屋に入った。
小太りの男が全裸で蹲っている。
その腹を爪先で思い切り蹴り上げて、従者は低い声で言った。
「そろそろ慣れたかな?」
男は泣きながら首を横に振った。
この男も舌を抜かれているようだ。
「いやいや、慣れただろう?今日は俺が投げてやるよ。避けるなよ?避けると刺さるから」
従者はテーブルに置かれた短剣を指先で撫でた。
「そうだ!金属じゃあ万が一刺さると面白くないよね。今日は木剣にしてあげよう。これなら死なないし、金属より痛いから避けようなんて思わないだろ?」
男は顔中の穴という穴からドロドロしたものを垂れ流しながら懇願した。
「あうっ……ハベッ……フリョ……」
「え? 何? 全然わからない」
それでも男は這いつくばって従者の靴を舐めて懇願を続けた。
「やだなぁ。止めてよ。汚れるじゃん! これってまだ新しいんだよ? 酷いなぁ」
従者は爪先を男の口に押し込んで左右に振った。
男の口から血が零れだす。
「あっ! もっと汚れた! いくら温和な俺でもさすがに怒るよ?」
従者は男の口から爪先を抜くと、そのまま顎を蹴った。
そんなことを言っている時、ステージから女が引き摺られてきた。
引き摺ってきたのはドウ。
先ほどまで天井に張り付いていた黒い影だ。
ドウは女を檻に戻し、振り返って言った。
「シスの薬で俺まで酔った気分だ。目がチカチカする」
「ああ、煙は上に上がるからね。これ飲んで。解毒剤」
「おう。今度から酔う前に飲むやつ作ってくれよ」
「わかった。頑張ってみるけど今回は間に合わないかな」
「早まるの?」
「うん、もう到着するみたいだよ?今ゼロが確認に行ってる」
「いよいよか」
二人は満足そうに頷いた。
客席のボルテージは最高潮だ。
中にはその場でまぐわい始めるカップルもいる。
そのことを咎めるどころか、はやし立てる客たち。
そのうち、徐に服を脱いで参戦するものも出始めた。
また甘い香りが強く漂う。
その様子をステージ袖から見ていたシスが声に出していった。
「じゃあちょっくら遊んでくるか」
シスはローブを被りなおして、丸まっていた男の首に繋がった鎖を引いた。
男は抵抗しながらも引き摺られてステージに出た。
あらかじめ準備されていた大きな板にはりつけられた男は、手首と足首を固定され声にならない悲鳴を上げた。
客席から拍手が沸きあがる。
ローブのシスが、男から距離を取り右手に木剣を持った。
人の指先から肘までの長さほどの木剣を何度か振る。
板に張り付いたまま泣き叫ぶ男は、その股間から臭い液体を垂れ流した。
シスが木剣を投げる。
木剣は男の左わき腹を掠め、板に突き刺さる。
また投げる。
今度は右わき腹だ。
そのたびに客席からは割れんばかりの歓声が上がる。
男の頭上に置かれたトマトが木剣によって弾け、男の顔を真っ赤に染めた。
男の股間のすぐ下に木剣が刺さり、ショーは終わった。
客席にまた喧騒が戻り、あちこちで再び痴態が繰り広げられた。
そのまま数時間、幻覚から冷めた客たちが帰り始めたころ、若い貴族が戻ってきた。
最後のカップルが馬車に乗り込むのを確認し、屋敷に入る。
迷うことなく楽屋を抜けた若い貴族はドウとシスに言った。
「来週だ」
そして3人は男と女を繋いだ檻の鍵を確認し、朝もやの中に消えて行った。