バナー画像 お気に入り登録 応援する

文字の大きさ

9 Caseアーリア⑨

 深夜にもかかわらず、国王執務室は混乱を極めていた。
 王と王妃、皇太子とその愛人全てが罹患したことが判明したからだ。
 焦った顔で爪を嚙んでいる宰相の顔にもうっすらと発疹が出始めていた。

「どうにかならんのか! 3日以内でないと効かないと言ったのは貴様だぞ!」

「実家の者たちが総出でかき集めていますので、もう少しお待ちください」

 多忙を極め、朝から茶の一杯も口にしていないのだろう。
 症状が出ていない宮廷医師がしどろもどろに言った。
 しかし、その目には少しだけ愉悦の光りが宿っている。

(大儲けだ! 市場価格の倍……いや、5倍? いやいや10倍?)

 昨日の侍女の言葉を受けて、すぐに行動を開始した宮廷医師は、家族に銘じて国中の薬を買い占めていた。

(黒星病なんて珍しいからな。そもそも流通量が少ないんだ。全て押さえて高値で売るついでに王家に恩も売れるぞ)

 まさに獲らぬ狸の皮算用。
 宮廷医師は全財産を注ぎ込んでいた。

「薬さえ届けば間に合います。ただ量が少ないので高額になるかと……」

「王家の血筋が絶えようとしているこの緊急時に金のことなど口にするな! いくらでも払ってやる!」

 宰相の声に宮廷医師は畏まって俯いた。
 少し肩が震えているが、誰も笑っているとは思っていないだろう。
 その時、生まれたままの姿で皇太子が抜き身の剣を片手に乱入してきた。
 その体には血しぶきがついて、左手には髪を掴んで女の首をぶら下げている。

「ひっっっ!」

 全員が固唾を飲んでその場に凍り付く。
 宰相がなんとか言葉を発した。

「皇太子殿下……」

 その声に血走った目を向けた皇太子は、手に持っていた首を宰相の方に放り投げた。
 ゴロンと転がったそれは、目を見開き、口を大きく開けたままの皇太子の愛人ララーナ。

「こいつが俺の薬を盗んで飲みやがったんだ。」

「ひえっっ!」

 宮廷医師が尻を引き摺ったまま後ろに下がった。

「おお、良いところにいた。俺に部屋に薬を今すぐ届けろ!」

「は……はい……」

 皇太子は宮廷医師の返事に満足したのか、何事もなかったように辺りを見まわして不思議そうな顔をした。

「なぜ父上の部屋にこんなに蝶がいる?キラキラしてきれいだな。飼っておられるのか?」

 そう言うと手にしていた剣をぱたりと落とし、蝶を捕まえようと両手を高く伸ばして歩き回った。
 まるで踊っているようなその動き。
 動くたびに皇太子の一物がぶらぶらと揺れる。
 狂気に満ちたその目は、皇太子以外には見えない蝶しか追っていなかった。

「どうなっている……」

 執務室のソファーに座っていた王と王妃が怯えた顔で息子を見ていた。
 ふと王妃と目が合った皇太子は、嬉しそうな顔で駆け寄った。

「凄いな! これほど光っているのはこの一匹だけだ! 欲しい! 欲しい!」

 そう言うと皇太子は母親である王妃の顔に指を伸ばした。

「きゃぁぁぁぁぁ!」

 驚きすぎて動けないのか、はたまた助ける気も無いのか。
 顔中に発疹を浮かべた王が王妃を突き飛ばしてその場から逃げた。
 渾身の力で母親の顔を握っていた皇太子は、王の動きに反応した。
 ギロッと睨み、ボソッと言う。

「だ・か・ら! 逃げるなってば」

 逃げ惑う王を素っ裸のまま追う皇太子。
 その部屋にいた者達は、恐怖のあまり逃げ出そうとしてドアに殺到した。

「おいおい! そこにもいっぱいいるじゃないか! 待て待て! 俺が飼ってやる! 可愛がってやるぞ」

 皇太子は王を追うのをやめてドアの前で我先にと集まっている大臣たちに近寄った。
 宮廷医師だけは腰を抜かしているのか、部屋の真ん中にへたり込んでいる。

「やめろ~!」

 誰かが叫びい皇太子に向って体当たりした。
 転がった皇太子のすぐ横には、先ほど投げ捨てられた剣があった。

「おのれ……。この蝶は危険だ。殲滅せねば」

 皇太子は剣を握り、殺戮の限りを尽くした。
 ゴミ焼き場で城内から聞こえる悲鳴を聞きながら、アンはごみの山に火をつけた。
 
「よいしょっと」
 
 用意してくると言って城内に戻ってきたサンクは死体を肩に担いできた。
 地面に投げ捨て、アーリアの鏡台から持ってきた指輪を死体の中指に嵌める。
 そして何の躊躇も無く燃え始めたゴミの山に放り投げ、手をパンパンと叩いた。

「誰それ?」

「さっき俺に雑巾投げやがった奴」

「ふぅ~ん」

「そろそろ幻覚剤が効いてきたみたいだね」

「そうね、きっと私から奪ったやつ全部飲んじゃったんじゃない?」

「一気に飲むと精神錯乱を起こすんだけどな。薬は用法容量を守って正しく服用してほしいものだ」

「どの順番だと思う?」

「俺は愛人からの国王で、大臣達かな。皇后は最後じゃね?」

「そうかな? 私は愛人からの皇后で、大臣かな。王様は最後」

「何賭ける?」

「そうね、肩たたき券5枚つづりでどう?」

「乗った!」

 ゴミ焼き場の後ろから侍女服を着たキャトルが現れた。
 キャトルの特技は変装と魅惑。

「ははは! どっちも不正解」

 キャトルが平民服を二人に渡しながら、楽しそうに言った。

「何だよ! もう見て来たのか?」

「うん、ゼロが確認しとけって言うから。今のところ愛人と大臣たちは完了した。皇后はまだ生きてるけど虫の息だね。あとで楽にしとくよ。王はまだ逃げ回ってて、素っ裸の皇太子が剣を片手に城中を走り回ってる」

「「「ぷっ!ぷぷぷ!」」」

 三人は楽しそうに笑った後、手を振って別れた。
 キャトルは荷台を押して城に戻り、アンとサンクは壁を飛び越えて外に出た。

 サンクが登城してからここまで約12時間。

しおり