10 Caseアーリア⑩
城内に戻ったキャトルは王の執務室に向かった。
サンクが井戸に投げ込んだ薬は、その効力を遺憾なく発揮していた。
(やっぱ凄いよね~。 アンの作る薬って。コワイコワイ)
キャトルはサンクから渡された薬瓶をポケットから出して皇太子を探した。
目を充血させてよろよろと彷徨っていた皇太子はすぐに見つけることができた。
(強力幻覚剤に媚薬追加しておきました~ 皇太子のための特別ブレンドですよ~)
キャトルは必死の形相で皇太子に駆け寄った。
「殿下! お薬です! 今のところこの一本だけです」
「おお! 早く渡せ」
皇太子が手を伸ばす。
受け取ったそれを一気に呷ると、キャトルには目もくれずにゆらゆらと歩き出した。
皇太子の発疹はますます酷くなり、ところどころ搔きむしったような痕も見えた。
(あれは痒かろうて)
キャトルは王の執務室に入ったことを確認してからそっとその場を離れた。
キッチンに向かうと、床にへたり込んでいる使用人たちを一瞥してから声を張った。
「皇太子殿下がご乱心です! 目が合うと切り殺されてしまいます! 大広間に避難せよとの宰相様からのお達しです!」
使用人たちは最後の力をふり絞って立ち上がる。
実はただの蕁麻疹なのだが、アーリア妃の最後を噂に聞いたのだろう。全員が死の恐怖に怯え切っていた。
隠れ家に戻ったアンとサンクはゼロ達と合流した。
「菓子ばっか食べてたから胸やけがするよ」
サンクはそう言いながら買ってきたサンドイッチを頬張った。
そんなサンクを見ながらゼロが口を開いた。
「アン。バカか」
「ごめん」
「腫れているな」
そう言いつつ、優しくアンの腫れた頬を撫でた。
二つ目のサンドイッチに手を伸ばしながらサシュが言った。
「残りはどうする?」
サンクが答える。
「使用人ならもう良いんじゃね?大きいゴミは全部消したし」
「ああ、後始末を考えると妥当だな」
アンは食事を中断して頬を冷やしていた。
ゼロがそんなアンを見ながら言う。
「隠せるだろ?先に飯を食え。食ったら寝ろ」
「うん」
サシュがアンの頭をわしゃわしゃと撫でながら言った。
「可愛い顔が台無しだ。自分でやったのか? それともサンク?」
一瞬でゼロの顔色が変わり、サンクに向かって殺気を放った。
「俺じゃないよ! アンが自分でやったんだ」
「そうなのか?」
「うん」
ゼロはアンに近寄って、腫れた頬にキスをした。
「よく頑張った」
そんな二人を見ながらオーエンが声を出す。
「自分のミスは自分で埋める。当たり前だが、ゼロの言う通りだ。よく頑張った。二人ともご苦労だった。三時間後には出るぞ」
「「はい」」
食事を終えた二人は寝室に向かった。
大きな部屋にはたくさんの医療用ベッドが並んでいる。
二人は隣り合ったベッドに潜り込んだ。
寝ろと言われれば、いつでもどこでも熟睡できるし、起きろと言われれば瞬時に覚醒できるように訓練されている彼らから、寝息が聞こえるまでほんの数秒だった。
「起きろ」
ゼロの声にアンとサンクがベッドを出る。
「同じ服を着るとホントに似てるよね」
サンクが軽口を叩き、ゼロとアンはそれを無視して淡々と衣裳を身に着けていった。
ゼロとアンはA国の神官、サンクは皇太子の護衛騎士。
「キャトルの準備が終わったらすぐに出るぞ」
三人はオーエンの言葉に頷き、寝室を出た。
ロビーで待っていると聖女の衣裳を纏ったキャトルが階段を降りてきた。
四人は無言のままオーエンを見た。