7、今さら遅い
アリツィアとミロスワフの親しげな様子に、その場の誰もが驚いた。ラウラも、イヴォナも。
しかしミロスワフ本人は、笑いを噛み殺しながらアリツィアに答えた。
「すまない、馬車が故障してね。さっき到着したんだ」
その言葉でアリツィアはハッとした。慌てて淑女の挨拶をする。
「お帰りなさいませ。ミロスワフ様。ご無事でなによりでしたわ」
「今さら取り繕っても遅いよ、アリツィア」
ミロスワフの笑いをにじませた言葉にアリツィアは内心頷く。
ーーですよねえ……。
我慢できないといった様子で、イヴォナが話しかける。
「あの……お姉様。随分と、その、ミロスワフ様と親しいご様子ですけれど、お知り合いでしたの?」
イヴォナの疑問はここにいる皆の気持ちを代弁したものだ。ラウラなど、まだ目を丸くして固まっているままだ。
どこから説明しようかアリツィアが迷っていると、ミロスワフが穏やかに口を開いた。
「アリツィアとは長い付き合いになります」
「ミロスワフ様!」
ざわっ、と人々の間にどよめきが起きる。
アリツィアは、ミロスワフにだけ聞こえるように小声で言った。
「……誤解を生みますわ」
「望むところだよ?」
見るとイヴォナが、ここにソファとクッションがあればすぐにでもジタバタしそうになっていた。
ミロスワフはそんなイヴォナに礼儀正しく自己紹介した。
「初めましてイヴォナ殿。ミロスワフ・サンミエスクと申します。お姉様とは長い間、親しくさせていただいてます。クリヴァフ伯爵にもご挨拶申し上げたいところなのですが……また後程ゆっくり」
「は、はい! ぜひ!」
「どういうことですの!」
割って入ったのはラウラだった。
「貴族の中でも特に血筋正しく、王族にも近い存在のサンミエスク公爵家ご子息ミロスワフ様と、破天荒な事ばかりしているクリヴァフ伯爵家令嬢アリツィア様。接点などあるはずありません!」
ラウラは顔を真っ赤にして、かなり興奮した様子だ。そのまま続ける。
「ミロスワフ様……こう申し上げては何ですが、騙されていらっしゃるのでは?」
「騙す?」
ラウラの問いかけに、ミロスワフは眉を寄せた。その青い瞳にじっと見つめられたせいか、ラウラの頬が少し染まる。
「そ、そうですわ。どうやってアリツィア様がミロスワフ様に近づいたかわかりませんが、アリツィア様が魔力をほとんど使えないこと、ご存知ないのでは? そうですわ、そうに決まってます。留学していらっしゃったミロスワフ様にアリツィア様が事実と違うことを伝えたのではないでしょうか?」
「ひどい!」
叫んだのはイヴォナだ。
「ラウラ様はお姉様が嘘を付いていたとおっしゃるんですか? 失礼だわ!」
「イヴォナ」
アリツィアがイヴォナを落ち着かせるために声をかける。
「声が大きくてよ」
「だって……」
アリツィアがラウラに向き直る。
「ラウラ様」
ラウラは返事をしない。
「わたくし、魔力が使えないことを隠したことなどございません。恥じておりませんので。ミロスワフ様も最初からご存知でしたわ。ねえ、ミロスワフ様ーー」
そう言ってミロスワフを見ると、先ほどとは違い、口の端に微笑みを浮かべてラウラを見つめていた。
あ、これアカンやつ、とアリツィアは思ったが遅かった。ミロスワフはラウラに話しかける。
「さっきから魔力魔力とうるさいんですけど、よっぽど自分に自信がないんですね」
「え?」
ラウラが何を言われてるのかわからない、という顔をした。
「でもまあ、わざわざそれを引き合いに出さなければ、アリツィアには勝てないと思ってらっしゃることだけは、よく伝わりました」
「な……!」
「ひとつ忠告しておきますが、劣等感の裏返しを他人に擦り付けるのはやめた方がいい。みっともないから」
「みっとも……い、いくらミロスワフ様でも聞き捨てなりませんわ! それにわたくしがどうしてアリツィア様に劣等感を抱かなくてはいけませんの! わたくしを誰だと思ってるの!」
「それなんですよ」
「は?」
「さっきから考えてるけど全くわからない」
ミロスワフはおそらくわざと、魅力的な微笑を浮かべてラウラに問いかけた。
「貴方、誰ですか?」