バナー画像 お気に入り登録 応援する

文字の大きさ

7

「……っごめんっ…っ…」

「…菜摘さん…どうしたんですか……?」

「そっくりなの……」

「…え…?」

「………っお父さんのお粥に……すごくそっくりなの……っ」


ごめん、と言いながら鼻をすすって上を見上げる菜摘さん。

細い首を長くして上に向けた顔からは、薄く霞んだ色の涙が、ハラハラと梅雨の時期の窓を伝う雨の如く流れてきた。



「美味しい……美味しいよ隼くん……!本当に美味しい……。お父さんの味そっくりで……っ」

大好きだったお父さんを思い出しているのだろう。

初めは泣き止もうとしていた菜摘さんの嗚咽は、次第に大きくなる。


「……10年以上食べてなかった…もう食べられないかと思ってた……優しくて、甘くて、少し胡椒の味がして…口の中で静かに溶けていくようなの。…でもこの味は……お父さんが作ったものでしか…味わえないはずなのに……」

今までに見たことないくらい顔を涙でぐちゃくちゃにさせながら、菜摘さんはずっと「お父さん」と小さく呼んでいる。


大好きだった人の味。

二度と味わえないと思っていたもの。


その2つが、今菜摘さんの体の中で間違いなく蘇っているのだ。

「隼くんっ……ありがとう……美味しい……本当に美味しい……」

菜摘さんは何度も僕にお礼を言い、溢れる涙も構わずに一心にお粥を食べている。


菜摘さんの思いがけない父との再会を僕は、とても感動的に思うと同時に不思議な気持ちで見ていた。

僕は菜摘さんが指示した通りにお粥を作った。

菜摘さんも、いつも父から作ってもらっていた通りのレシピを僕に教えたと言っていた。


それならば……

菜摘さん自身で、父の味を再現することのほうが容易かったのではないか。

間近で作る様子を見ていたのだから、初めてつくる僕よりも、父の味を……


ここまで考えて、僕は敢えて思考を止めた。


もしかしたら菜摘さんは、自らで父の味を思い出すことを避けていたのかもしれない、と気づいたからだ。


只でさえ体が弱っている時に、愛しく懐かしい父の味を思い出してしまえば、余計に悲しくなるから……。


だから敢えて、作れるのに作らなかったのかもしれない。

だけど何故、僕に作らせてくれたのだろうか……。


その疑問にはいくら考えても答えを出し得ないまま、僕は菜摘さんが父を思い出し泣いている姿をずっと見ていた。

しおり