34.救う女、タクシーの運転手
スマホに顔を寄せていた一課の刑事たちが静夜を見やった。
彼女は呑気に手を振って見せている。
およそ50メートル離れていない相手に、電話でのやり取りに加えて、身振り手振りまで入れて。
まるで、通りを挟んで会話をする関西独特のオバちゃん丸出しだな、ありゃ。
つくづく呆れるも、ピンチに瀕していることには変わりはない。
「そうなんですよ。田中元刑事は事件に巻き込まれて大けがを負ってしまったんですよ」
刑事の一人がスマホに向かって告げると、昌樹に向いてニヤリと笑った。
すると、もう一人の刑事が、強制的にスマホを握る昌樹の手を自らの顔の方へと近づけさせた。これでは、話すことはできない上に、静夜の声は彼に伝わってしまう。
(コイツら…先生にウソを吹き込んで、情報を引き出す出すつもりだな)
気付いたところで、静夜に今の状況を伝える術はない。
不自然すぎる電話でのやり取りを、静夜が気づいてくれれば何の問題も無いのだが、彼女は果たして、この状況が見えているのだろうか?裸眼の状態で。
静夜の声を聴いていた刑事が驚いた表情を見せた。と、慌てた様子で昌樹の顔と静夜とを交互に見やっている。
一体、彼は何に驚いているのだろうか?
(まさか先生、エレメンツの事とかコイツに話しているんじゃないだろうな…)
話したところで、それは一般人には理解を超えたファンタジーでしかない。
刑事の顔が昌樹へと向けられた。
「お、お前たち…いつから付き合っていたんだ?」
「あぁ?」
刑事の口から発せられた驚愕の内容。昌樹も驚きを隠せない。
「な、何を言っている?お、俺と先生が付き合っているだと!?」
「お前はそのつもりは無いらしいが、どうやら向こうは本気らしいぞ。今だって、『愛する
告げられ、静夜へと視線を移した。
(あの先生…機転を利かせてくれたのか?それとも…
疑惑を吹き飛ばしてくれる最高の一手であるのと同時に、この状況、どう受け止めたらよいのか困惑せざるを得ない。
刑事が立ち入りを許可し、静夜は立ち入り禁止域内へと入った。
すると、彼女は駆け出し、昌樹の胸へと「マッキー!」飛び込んだ。
女性の方からの抱擁を、昌樹は抱き留める事すらできずに、未だ棒立ち。
「エイジ君のフォローは任せて」
飛び込むと同時に静夜は耳打ちをしてきた。
「ありがとう、先生」
カリオストロに箱を奪われ、途方に暮れていた所に光明が差した。
昌樹の手が静夜の背へと回されて互いに
すると。
急に静夜に突き放されたと思えば、頬に強烈なビンタを食らわされた。
ゆっくりと一回転する昌樹を、二人の刑事たちは口をあんぐりと開けて眺めていた。
彼らはもちろん、昌樹自身、何が起きたのか、まるで理解できなかった。
「マッキーたら、心配させ過ぎよッ!」
「え?え?何?何をおっしゃっているのですか?」
叩かれた頬に手を当てて訊ねる。
「どれほど私が心配したか。あなたにもしもの事があったら私…」
涙声で訴えながら両手で顔を覆う。
静夜の訴えに、二人の刑事は肩をすくめて苦笑い。しかし。
昌樹は見た!
彼らの目が届かない、顔を覆う両手の間から覗く口元がにやりと笑って舌を出すのを。
恐るべし追風・静夜。
女の涙を武器とし、見事刑事たちを騙して見せたのであった。
カリオストロを追うエイジは―。
素知らぬ顔をしてタクシーを拾ったカリオストロを追うべく、全力疾走を続けていた。
発進して間もなく信号待ちをしていたタクシーであったが、エイジが追いつくまでに、信号は青へと変わり、またもや距離を離され。
それでも追いつこうと、息を切らせながらも、なおも全力疾走を続ける。
「ヘイ!お客さん。タクシーをお探しかい?」
突然、車道から声を掛けられた。
声の方へと顔を向けると。
エイジに併走するように、車を流している釘打・理依の姿がそこにあった。
後続車からクラクションを鳴らされ続けているにも構わずに陽気なものだ。