第25話 思春期の悩み
「隼。今日の放課後、俺の家に来てくれ」
12月のある月曜日。
隼としばらく気まずくなっていた俺は、部活が無い今日を利用して隼と話し合うことにした。
隼はいきなり俺にそう言われて一瞬驚いたような目をしたが、伏目がちにこう答えた。
「………どこかのお店とかじゃだめかな?」
二人きりが嫌なのか、俺の家に行くのが嫌なのか。
真意はよく分からなかったが、隼は素っ気なく言う。
「別にいいが。踏み込んだ話になると思うけど。お前のほうがそれで良ければな」
俺は隼を逃さぬよう目をしっかり見て告げる。
しかし隼は、俺の意図とは逆にすぐに目線を俺の目から逃してしまう。
「……わかった。じゃあ、優の家でいいよ」
やはり俺の方を見ずに、隼はそう答える。
……やはり異常だ……
そう思いながらも、隼とちゃんと話せることに安心した。
きっと隼も最近の関係性が異常だということは自覚しているのだろう。
俺の家で話すことを許してくれたのも、きっと俺がこの関係について踏み込むつもりだということを察してくれたのだ。
何から話そうか、どういう切り込み方をしようかなどと考えているうちに、授業が全く身に入らないまま放課後を迎えた。
放課後。
俺と隼は黙って電車に乗って黙って俺の家に向かった。
俺も隼も、どちらも声をかけることを躊躇っていた。
話したくないというより、話したい気持ちはあるのだがどう話せばよいのかを探っては見つけ探っては見つけを繰り返していた。
「…おじゃまします」
俺の家について隼が1言発する。
「とりあえず適当に座ってくれ」
「適当に」と言いながら隼がいつも座る位置はだいたい決まっている。
隼は何も言わずにいつも通りの場所に座った。
俺は温かい茶を淹れ、隼に差し出した。
隼は「ありがと」と小さく微笑んだ。
「……なあ隼。最近、どうして俺を避けてるんだ」
俺はソファの真ん中に座り、自分の茶を一口飲んでから単刀直入にそう聞いた。
色々と考えたが、前置きが長くなればなるほど本質に切り込めなくなりそうだったので、最初から本題に入ってしまおうと決めたのだ。
隼は一瞬顔を上げたが、すぐに俯いてしまった。
「……俺、お前に何か嫌なことしたか?」
「いや!してないよ。優に嫌な思いさせられたことはないから」
「じゃあなぜなんだ?なんか理由はあるんだろ?」
隼は俺の言葉に顔を再び上げて目を合わせて即座に否定してくれた。
しかし、理由を聞くとまた俯きそうに目を伏せる。
「言いにくいことなのは分かる。誰にも何も相談してないということも察している。しかし、ずっとこのままでよくはないだろ?俺だけでなく、雨宮とも距離を置いてるらしいじゃないか。…………やっぱり、俺とするのはもう二度と辞めたほうがいいのか……?」
最後の方は、声が小さくなっていたのが自分でもわかった。
本当は嫌だ。
しかし、もし隼が俺を避ける理由がそれならば、仕方あるまい……
「本当にごめんね優…理由も言わずに避けたりして。色々考えちゃったよね?」
「ああ、考えたね。好きな人から嫌われたのかもとか思うとそりゃ悩むだろ」
「そうだよね、ごめん……」
「それは雨宮も同じだと思うぞ。お前に嫌われたんじゃないかって不安がってた」
「………うん……ほんとにそうだよね…ごめん」
「まあでも、何か理由があるんだろ?」
謝り続ける隼に、俺は少しでも理由を話しやすい様な雰囲気を作るために極力優しく聞く。
「うん………」
隼は小さくそう答え、どういう風に話そうかをしばらく考え込んでいた。
キレイで滑らかな手を机の下で動かしながら、時々視線を左右に動かすようにしている。
隼は考え込む姿でさえも、どこか絵になって美しいと思った。
「……俺……さ、優と色々したり瑠千亜たちから誕生日に玩具を貰ったりして……その、そういう系のこととか、結構わかってきてさ」
隼は恥ずかしそうに話し始める。
やはりそっち系の話題だったか……
「それで、前よりも異常に考えちゃうっていうか………前は授業中とか移動中とか、ぼーっとしてる時にわざわざそんなこと考えなかったんだけどさ。最近は、隙があればすぐにそういう思考になっちゃって…
それで、家に帰っても………その、毎日毎日しても収まらなくて………
酷いときとか、朝したのに夜帰ってきてまたすぐにしたくなってそのまま何回も…ってこともあってさ……」
隼がポツリポツリと話し始める。
俺は隼の話の内容に、つい危うく体が反応しそうになるのを必死に理性で抑えていた。
「それで………俺が優と梨々を避けたのもそれに関係しててさ。…優とまたしちゃったら……俺はもう、この止まらない勢いを優にぶつけちゃうかもなって思ったんだよね。
流石の優もついてこれないくらいに…俺がしちゃうかもって。
あと、すればするほど…その良さが分かるから、もっとしたくなっちゃってもうキリがなくなるかなとも思った……」
隼は恥ずかしそうに、だけどどこか悲しそうに話す。
隼が俺とのセックスを機に本格的にエロに目覚めてしまったこと。
隙あらばそういう思考になること。
そして毎日朝から晩までオナニーしたがってること。
俺とすることによって、それが加速するかもしれないのが怖くてしないようにしていたこと。
こんな話を聞くと、隼には申し訳ないが、俺は体の火照りとアソコの反応を抑えられそうになかった。
「それで、梨々を避けてたのも同じような理由なんだよね……」
俺が自身の邪な思惑と戦っている時、隼がそう言葉を繋いだ。
「梨々と一緒にいればいるほど、俺はどんどん梨々としたくなっちゃう。四六時中そういう系のことを考えてるやつだよ?目の前に好きな人がいたら、もうそれしか考えられなくて……
梨々には何も言われなかったんだけど、いつか気づかれちゃったら嫌だなと思って……
梨々と、そういうことがしたいってだけで付き合ってるわけじゃないのに。梨々からしたら、一緒に話してるときも遊んでるときも、俺がそういうことばっか考えてるって知ったらやっぱり嫌だろうなって思った………」
雨宮を避けた理由も話してくれた。
彼女を思うが故、性欲を抑えきれなくなって雨宮を傷つけないように離れたということらしい。
「俺、何かおかしいのかな……前はこんなんじゃなかったのに…………病気なのかな……」
ふと隼を見ると、泣きそうに目を潤ませていた。
俺は隼の話に興奮したり可愛いと思ってしまったりしていたのだが、隼は泣きたくなるほど真剣に悩んでいるようだ。
「いや隼………それ普通だぞ。」
言いたいことは色々あるが、取り敢えず隼が泣かなくても済むように端的にそう言った。
「え………?」
「頭の中がエロいことだらけだなんて、そんなの中学生だったら普通だぞ。しかも目の前に彼女がいたらそりゃ反応もするだろ。……むしろお前が今までそういうのに疎かっただけであって、お前の周りみんなお前よりもっとヤバイからな」
「そうなの………?」
「ああ。なんなら女子だって1日中そういうことを考え朝も晩も一人でする奴だっている。俺達はそういう年頃なんだから、当たり前なんだぞ隼。決して病気とかではない。」
「えええ……うそ、ほんとに?」
「本当だ。むしろ彼女とか彼氏じゃない異性を見てもすぐにそういうことを考えてる時期なんだ」
「……まあ確かに……梨々以外の女の人のことも…そういう風に見るじゃないけど、ふとした時になんか見えたりしたら考えちゃう時もあった……」
「そうだろ?それが普通だよ。そこに罪悪感を感じてる奴なんてお前くらいだ」
「そうなのかな……」
「ああ。元々そういう思考がなさ過ぎただけで、まだ慣れてないだけだから。本当に焦らなくてもいいんだぞ」
まだ半信半疑の隼を安心させるように言う。
隼は真面目すぎるくらい真面目で優しい。
だからこそ、思春期に誰もが訪れる心の変化についていけなかったのだろう。
俺が隼に言ったことは嘘やごまかしや慰めではない。
実際に普通の中学生の思考で、普通の思春期の頭の中になっただけである。
ただ、その扉を俺が開いてしまったという事実に、少しの罪悪感と共に興奮を覚えてしまっている自分がいた。