効能と禁則
次の日は珍しく雨天になる。雑貨店の来客も減って、商品の整理をしている。
「みゆみゆ~」
玄助は最近よく来る。彼は冬だけの契約なのに毎日来るのは、どこかのアルバイトを打ち切られたからかもしれない。
「幕府からお金もらっていた所は不景気ですね」
明治時代は自由主義。必要なものだと幕府がお金を出していたのにどこも打ち切られてしまった。あれがないこれがないと明治政府に不満がつのる。
鳳神社の東は梅が丘と言う土地で、新しく家や店が作られる。木を切る時に事故があったらしく、その木は切られずに神木とされて残された。玄助の話はいつの間にかその神木になっている。
「鳳神社の神木がニンゲンや妖しを殺す、そんなことあるのかなぁ」
「地力って言葉があります……」
深雪は土地の持っている力について話す。ある地方に蛇、竜、龍の名前が入る川がある。それは川が氾濫した場所に付けられる。またある地方で牛(憂し)、猿(去る)、梅(埋め)という名もある。そんな場所で工事をすると事故が起きる。
「そういう場所は神木が植えられて、手を付けられないようにしてるんです」
「ううん、クロに害がなさそうで安心したよ」
玄助がこの質問をしにきた理由も気になる。何かを期待してしまう。
「もしかして神木に想っている人の名前を彫ったのですか?」
「通る時に木の根元を踏むのさ」
宵の異世界通りでは、大蝦蟇がガマの油の薬を販売している。この悪鬼の医者は、近くを通った鬼をぶった斬って、自慢の薬で治すという無茶苦茶な売りかたをする。その薬は傷薬としての効果がなく、ヒキガエルから出てくる白いものは毒でしかない。
「四六のガマは霊力があり、斬った鬼もこの通り……おや? 人間の方がお見えです」
四六とは5本指の前足が4本、5本指の後ろが6本に見えるニホンヒキガエルのことだ。
雑貨店の客が間違って来てしまったらしい。刀を新しく来た獲物に向ける。
「妖怪だけでなく人間にも効果あるか、試してご覧に入れましょう」
周囲の妖怪の観客たちは、それは無理なのではと話し始める。雑貨店の客に暴力を振るおうとすると、いつだって雑貨店の主人が許さない。夏だというのに天気雨はみぞれ混じりになり、雪女深雪が現れる。
「大蝦蟇はん、深雪さんが来られました。逃げたほうがよろしいどすえ」
観客の一つ目女房が言う台詞は大蝦蟇の耳には入らない。
大蝦蟇は蛙の一種だ。蛙はどれも視力が悪くて見える範囲は20mほどしかない。動くものには敏感でも、ゆっくり動けばいつの間にか捕らえられているなんてこともある。
「深雪はんですか……」
だが大蝦蟇はこの難敵を知っているようだ。日暮れの異世界通りで悪鬼の天下になっても、深雪が来れば一気に逆転される。
「ま、お試しで斬ってみるのも一興」
お試しなどできるはずもないのだが、この大蝦蟇は頭も良くないように思える。異世界通りにはカエルの氷像が建たることになった。
雑貨店にはガマの油はないが、動植物の油から作られた石鹸はある。水酸化ナトリウム溶液で鹸化して作るシンプルな製法だ。
「顔の汚れはくすみの原因になるのです。洗いすぎも駄目ですけど、玄《くろ》は使ってみるといいかと思います」
抗菌石鹸が昭和に出てくるまで、洗い石鹸と顔石鹸の2種類が作られていた。水道を通って川に流すので生態系に影響を与える。抗菌は令和のアメリカでは禁止されている。
石鹸の包み紙は繊維が見える和紙で、雑貨店の照明を受けて微かに光る。
「この石鹸の包み紙、みゆみゆが描いたの?」
筆のような綺麗な字が目に付く。でもこれは活版印刷といって機械の字だ。職人さんが金型を1字1字拾って、機械に付けてハンコ押しする。
「いえ。木村さんが持ってくる時は既に字が書いてありまして、包まれています」
ビニールは大正時代からで、あらゆるものは紙で包まれている。
夏といえばお盆。玄助は深雪の予定が気になる。
「そういえば、この雑貨店って人通りが多いのと、死んじゃった小野田さんの墓参りに便利だから開いたんだよね?」
「ええ、でも遺骨はないのです。神社で手を合わせるだけなのですよ」
店を閉めずにさっと行って来れる。玄助は深雪が人間風情にそこまで肩入れする理由が分からない。