第三話
演劇祭まで、あと三日。
「アンさん、今日はこのくらいにしておきましょうか」
「えっ」
誰もいなくなった教室で、わたしの演技練習に付き合ってくれていたコリンが、終了を宣言した。まだ満足しきれていないわたしは、びっくりして窓の外を見る。とっぷり日が暮れていた。
「そろそろ寮に戻らないと、見回りの先生に怒られてしまいますよ」
「そ、そうね……。この辺にしておきましょうか……」
焦っているのが、自分でも嫌なくらい分かる。どれだけ時間をかけて練習しても、寝ずに頑張っても、クラスメイトからの評価は変わらず、マークとの差ばかりが強調されてしまっている有り様だ。
このままじゃ、醜態を晒す羽目になってしまう。何より、クラスのみんなに迷惑をかけてしまう。それだけは避けたい。
裏方のみんなも、役者のみんなも、演劇祭のために一生懸命頑張っている。その努力を、わたしの下手くそな演技一つで、観客から低く評価されるのだけは嫌だ。
わたしは台本を机に置いてあるカバンにしまい、女子寮に帰るべく、カバンを持った──
「──っ?」
ぐらり、と視界が揺れた。景色が反転する。
「お嬢様!?」
床に倒れる寸前、コリンがわたしを抱き止めてくれた。心臓がバクバクしている。荒くなった息が整わない。手足は震えて力が入らず、起き上がれない。
──苦しい。
「はっ、はっ、はっ、はっ!」
──怖い。
「お嬢様、落ち着いて、ゆっくり息を吐いてください」
コリンは幼い子どもに言い聞かせるように、優しい声音でわたしの背中をさすった。
息が上手にできず、とてつもない不安に襲われたわたしは、年甲斐もなく、彼の背中に腕を回して抱きついた。涙が止まらない。彼の肩に顎を乗せ、言われた通りにゆっくり息を吐こうと心がける。
「そう、そうです、上手……」
「はっ……、はぁっ……!」
段々息が整ってきた。涙が頬を伝う。体を離してコリンの顔を覗き込む。彼はわたしを安心させるように微笑んでから、ズボンのポケットからポーションの入った小瓶を取り出した。
「これ、飲んでください。お嬢様の主治医の先生から渡された、落ち着かせる効果のあるものです」
「は、ん、んくっ……」
それを受け取って、喉に流し込む。激しかった動悸が、徐々にだが、収まっていく。手足の震えも止まり、恐怖心も消えていった。
──しばらくして、ようやく完全に呼吸が通常通りに戻った。
「ありがとう、コリン……」
わたしは立ち上がって、再びカバンを持つ。なんともない。
「……もう大丈夫よ、帰りましょうか」
「お嬢様、女子寮までお送りします」
「平気、一人で帰れるわ」
「お嬢様」
いつもはわたしの言うことを二つ返事で了承するコリンだったが、絶対に引かないという固い意思に負けて、女子寮まで送ってもらうことになった。