第一話
試験休みの連休が明けた。
入学早々の試験の後は、演劇祭がやってくる──入学したばかりの一年生や、クラスが変わったばかりの二、三年生たちの懇親会も兼ねているらしい。
劇の内容は先生たちによってクラス毎に指定されている。生徒たちに選ぶ権利はない。
わたしのクラスの劇は、『林檎姫』──ストーリーはこうだ。
林檎のように赤い珍しい髪を持つ林檎姫は、継母の意地悪で家から追い出され、森の中でひっそりと過ごしていた。しかし、誤って野生の毒林檎を食し、永遠の眠りについてしまう。森の中で倒れている林檎姫を、通りがかりの王子が見つけ、その美しさに思わず髪にキスを落とし、林檎姫は眠りから目覚めるのだ。
……昔からある童話の一つだが、どうして髪の毛へのキスで毒林檎の解毒ができるのか、と何度読んでも首を捻らせてしまう。解毒ができる魔法といえば水属性魔法だが、王子が水属性魔法の使い手だったのだろうか──いや、そんな夢のない話はよそう。大人になってから、こういうロマンチックな話にいちゃもんを付けるようになった。わたしの良くないところだ。
「──それでは、役をくじ引きで決めるので、順番に前へ出て、くじを引いてください」
どうやら、この学校は平等を保つためにくじを多用する傾向があるようで、今回の演劇祭も例に漏れず、役をくじ引きで決めることになった──このクラスの女子生徒はわたししかいないのに、姫役を充てがわれる確率は男子生徒も平等らしい。
元男子校でプリンセスが登場する童話をやらせるのは、先生たちの軽い嫌がらせじゃなかろうか──とも思ったが、女装する生徒が出ることで、打ち解けやすくなることもあるのだろう。
わたしは前の席の生徒がくじを引き終わったのを確認して、教壇へ歩いていく。
くじが入ったボックスに手を突っ込み、適当に一枚取り出した。
自席に向かって足を進めつつ、折り畳まれた小さな紙を開く──『林檎姫』の文字が踊っていた。
…………マジか。
「アンちゃん、なんだった〜? ボク、小道具になっちゃった〜」
裏方〜、とくじの紙をひらひらさせながら、ノアがやってきた。明るい茶色の癖毛がふわふわと揺れている。
答えたくなかったが、今答えなかったところで意味はない。
「…………林檎姫」
「えっ!? アンちゃん林檎姫役になったの!?」
ノアの大声にクラス中の視線を集める。
「ぐぅっ、アンさん、姫なんですか……!」
隣の席のコリンが引き攣った顔で呻いた。コリンの手中にある紙に書かれた文字は『背景』。コリンも裏方か。
「王子役の人、いいなぁ〜! アンちゃんの王子様、誰〜?」
ノアが教室中を見回して、声を掛ける。
誤解を招く言い方をしないでほしい。
「……オレだ」
すっ、と静かに手を挙げたのは──前の席の男子だった。
確か名前は──マーク。
プリントが配られた際に、いちいち振り返りながら手渡してくれる、ちょっと丁寧な男子だ。喋った回数は数える程度。正直、仲良くはない。
「マーク、よね? よろしく」
透き通るような青い髪と真っ黒な瞳。ノアとは違った意味で、何を考えているのか読めない男の子だ。
「……あぁ」
素っ気ない。他のクラスメイトとは仲良くしているようだから、仲良くしていない人との態度の差が激しいタイプなのかもしれない。
「……アン、林檎姫なのか」
「うわ、びっくりした」
いつの間にかデリックが後ろに立っていた。眉を顰めている。せっかく整った顔をしているのに、勿体ない。
「デリックは何役になったの?」
「…………木」
いらないだろ、その役。
役割配分をしたのは先生だ。生徒の人数に対して、役の数が足りなかったのかもしれないが、それにしても苦肉の策すぎる。
「……木以外にも、自然全般、やるらしい」
「そ、そう……、大変ね……」
自然て。
「それじゃあ、今日の授業はここまで。放課後は、裏方組と役者組に分かれて、それぞれ準備を開始してください」
台本を配り終えた先生は、解散、とだけ言い残して、教室を出て行ってしまった。
あとは生徒たちが自主的に行動する時間らしい。
……なんとも、奔放主義な学校だ。