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第五話

 ランチを済ませた後。
「アンちゃんの私服は大人っぽすぎる! 同い年とは思えないよ!」
 というノアの提案で、今後プライベートで誰に会っても怪しまれないように、十代っぽい服を数着調達することになった。
 とうの昔に捨ててしまったブランドのお店に入り、心躍る服を手に取って、ノアに見せる──「似合ってるよ」とノアは微笑んだ。
 本当にいいのだろうか……? この年齢で、またあの時と同じ服を着て。
 不安は未だ拭えない。戸惑いつつも、しかし、試着室に入った時、胸の高鳴りを抑えきれない自分に気がついた。
 今は十代のフリをしているのだから、仕方なく、仕方なくよ……!
 当たり障りない言い訳を盾にして、二十代には許されないと思い込んでいたデザインの服を購入した──ミニスカートや、フリルのついたカットソーなど。
 やっぱり、どうしても、自分好みのファッションというものは、テンションが上がらざるを得ない。
 可愛らしいデザインの洋服入れたショッパーを持って、最終的にご機嫌な休日の帰り道だった。
「ボクの家って、全員男兄弟なんだよね〜。男四兄弟」
「よ、四……!」
 兄弟が四人もいて、しかもみんな男の子ってどういう感じなんだろう。
 一人っ子で、蝶よ花よと育てられたわたしには到底想像もつかない。
「ボクはその長男でさ〜」
「え、長男……!?」
 見えない……! こんなに人懐っこい笑顔が似合うノアが、一番上……!?
「てっきり末っ子かと思った……」
「あは、よく言われる〜」
 ノアは地面の小石をコロンと軽く蹴飛ばした。
「ずっと弟たちの面倒見て育ってきたからね、年上の女の人にすんごく憧れがあったんだ。甘やかしてもらえるんじゃないかって。だからアンちゃんが年上だって知った時、すごく嬉しかったんだよ?」
「十個も上でも?」
 優しいノアに、つい意地悪を言ってしまう。
「あはは、それは流石に卑下しすぎ。大人っぽい女の人が好きって話じゃん」
 それは『子ども大人』でも適用されるのかな……。
「じゃあ、ノアはわたしに甘やかして欲しいってこと?」
「望んではいないよ。甘やかされたら、好きになっちゃう」
 ……好きに……なっちゃう……?
 姉や母のような癒し的な意味で、だろうか──それとも、友達として?
 頭を回転させるわたしを見て、ノアはクスッと意味ありげに笑った。
「アンちゃんの社会性のなさって、恋愛経験のなさでもあるよね」
「え、急に貶してくるわね、受けて立つわよ」
「喧嘩売ってないよ。そういうところも、可愛いねって」
 …………可愛い?
 十六歳が、二十六歳に可愛いだって?
 基準がおかしいんじゃないのか? それこそ恋愛経験がないのは、ノアの方だろう。
「……ノア、あんまり大人を揶揄うものじゃないわよ。わたしからすれば、ノアの方がよっぽど可愛いわ」
「えー、じゃあボク、アンちゃんにカッコいいって言われるように、頑張ろっ」
 そう言って、力こぶを出して見せるノア。ぺったんこな二の腕がそこにあった。
「わたしじゃなくて、好きな子に言われるように頑張りなさいよ……」
「同じ意味じゃん」
 ノアは、にぱっと、相変わらず害のなさそうな笑顔を向けてくる。
 人懐っこいと思っていた笑顔も、今となっては何を考えているのか分からないものになっていた。
 ──もしかして、わたし、ノアに口説かれてる……?
 ははっ。
 そんなまさか。
 一瞬、よぎった馬鹿な考えを捨てるために、わたしはぶんぶんと頭を左右に振った。
 十六歳が二十六歳を口説いて何になるって言うのよ! 非生産的極まりないわ! 自惚れちゃダメ! 勘違いしちゃダメ!
「……ノア」
「んー?」
 魔法学校の寮に向かって、先を歩くノアの背中に声を掛ける。
「この学校はほとんど男子ばかりだけど、好きな子ができたら教えてね。応援するから。ほら、女の協力者がいた方が、色々とやりやすいでしょ?」
 そう、これが大人。子どもの恋を応援してあげる──ノアくらいの年代の子たちがする恋を「青春」って呼ぶのよね。確か、ロマンス小説で読んだわ。
「…………」
 自信満々のわたしとは裏腹に、さっきまで浮かべていた笑みが一気に消え失せ、半目のノアがじっとりとわたしを見据えていた。居心地の悪い視線だ。
 な、何か悪いことを言っただろうか……?
「アンちゃん、ぜーんぜん分かってない!」
「え? えぇ?」
 突然の否定に困惑するわたしを置いて、ノアは頭の後ろで手を組んだ。
「じゃあ、アンちゃんも、好きな人できたら教えてよ?」
「好きな人なんて、この学校で、できるわけないじゃない!」
 クラスメイトは十個下、教師は十個より上の人しかいないんだから! 誰も恋愛対象じゃない!
「わっかんないよ〜?」
 ノアはそう言って、わたしに近寄ってきた。腰をかがめて、わたしの顔を覗き込む姿勢で上目遣いをしてくる。
「……案外、ボクのこと、好きになっちゃったりしてね?」
 なーんちゃって、とノアは悪戯っ子みたいにぺろりと舌を出した。
 再び歩き始める鼻歌まじりのノアの背中を、呆然と見つめるわたし。

 ……あー、やっぱり十六歳って、分かんない!

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