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 店仕舞いしてから、少し遅い夕食を二人で食べる。当初は遠慮していた珠雨に、自分のを作るついでだからと言って、禅一は朝と晩に食事を作ってやっていた。料理をするのが苦痛ではない。
 お客のいなくなった店内の同じテーブルで食事を摂りながら話をする。

「珠雨は撮影者の方とは面識あるんだよね?」
「ありますよ。わりと仲良しです。ジェノっていう、イタリア系の男の人で……でもほとんど日本語しか喋りませんけどね」
「ふぅん、変わり者ってなんだかわかる? あまり変な人だと珠雨が心配なんだけど」

 烈の話では自分以外には無害と言っていた。

「俺から見たら別に普通ですよ。すごく明るいし、気楽な人です。アングルとかすごく気にする人ではあるけど。あ、そういや彼はゲイですね。烈さんのことが大好きみたいで。それかな?」
「……そうかもしれないね。バイオリンが恋人の高遠さんには、迷惑なのかも」

 どうしてこうも一癖あるんだろう。もうこの話はやめにすることにして、禅一は別の話を切り出す。

「珠雨、これは僕の余計なお世話で、答えるのが嫌だったら答えなくていいけど」
「はい?」
「環奈さんとは、お友達から始めるのかな」
「……うーん」

 珠雨は箸を持ちながら、難しい顔で考えている。
「禅一さん、俺ね……俺とか言って男の真似事して馬鹿みたいだろうけど、別に恋愛対象が女の子ってわけじゃないんです。よくそこ勘違いされるんだけど」
「ああ、そうなんだね……難しいね、珠雨は。でも女の子にモテるだろ、かっこいいから」

 珠雨は男に見えるわけではない。女の子だ、と言われれば頷ける容姿の持ち主だ。髪をショートにしているとは言ってもある程度の長さはあるし、化粧っ気はないが肌は綺麗だ。
 ただ、口調や雰囲気、服装などが、女の子のそれではない。

「なんか需要はあるとこにはあるみたいで……、これまでも女子から告白とかされたことあるけど、一回もそういう意味で付き合ったりはなくて。単なる友達なら普通に遊びに行ったりするけど、それ以上のこと求められてもピンと来ない。かといって男と付き合うのも違うんですよねえ……てゆーか……」

 ある言葉を続けようとして、躊躇う。言葉を濁したら、禅一は勘違いをしたようで気遣いを見せた。

「珠雨、こういう話大丈夫だった?」
「あぁ、禅一さん相手なら別に。なんか禅一さんは色々オブラートに包むでしょ? 直接的な言葉はあんま言わなくて」

 禅一の言葉選びは、珠雨の耳には優しい。優しいが、先日から気にかかっていたことをふと思い出した。気にかかっている理由はわかっていた。

「オブラートと言えば、母がエステとかほざいてたけど、この前エロいことしてませんでした?」
「――いきなり何言ってんの。びっくりだよ」

 禅一は既に食べ終わって食後のコーヒーを飲んでいたが、若干むせる。

「実際エステみたいなもんだよ? 氷彩さん眠くて自分でメイク落とすの面倒がって、僕が落としてスキンケアまでしてあげたんだ。ほら僕の手結構大きくて器用だから。この手がいい仕事するんだよ」

 禅一は嘯いて手を珠雨に翳す。
 確かに大きな手だ。シラを切るのが上手いのか、本当なのか珠雨には判断出来なかった。なんとなく子供扱いされている気がして、少し唇を尖らせる。

「オブラートじゃなく?」
「なんだってそんなこと気になるの」
「翌朝禅一さん不機嫌でしたけど、あれは何故ですか?」
「もう忘れたよ、なんだっけ」
「母とセックスしたんでしょ? で、すっきりしたあと自己嫌悪した。違いますか」
「……さっき珠雨が言ったように僕がオブラートに包むのは、そういう直接的な言葉が苦手だからだ。なんでこんな話になった? もうやめよう」

 若干怒っているようにも聞こえた。怒らせるつもりはなかった。

「禅一さん……だったらそのエステとやら、俺にしてみて下さい」
「珠雨はメイクしてないじゃない。……でも、いいよ、それで納得するなら。珠雨のご飯が終わったら、普段使いの化粧水とか持っておいで。どうせならお風呂上がりのがいいかな」

 禅一はため息をついて、自分の食器を片付け始めた。
 勢いで言ってしまったことではあるが、なんだか変なことになった。

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