第九話 呂布奉先、ローマを治める <序>
「親父がな…昨日の夜、旅支度をはじめたんだ」
視線をそらした伯にかまわず可比能は語りはじめた。
「驚いたよ、急だったからな。親父は良く旅には出るが必ず行き先も帰る日も前もって言うんだ。」
「それが昨日は違っていたのか?」伯の言葉に可比能が頷く。
「大違いさ。いくら聞いても大雑把なことしか言わねえ。まるで謎掛けだよ」
強くなってきた風音に消されぬよう、かすれた声を強めて可比能は続けた。
今回の旅は長くなること、方角は北であるらしいこと、可比能も付いて行きたいと言ったが拒否されたこと、いつになくラクレスの表情が険しかったこと。
伯は目を閉じ、時々話に相づちをうつ。
可比能は乳飲み子の時にラクレスが養子としてもらい受けたと聞く。
村の中で流れる噂ではこの中華の外にいる部族の生まれらしい。
どういう経緯でそうなったかは伯も知らない。ただ伯と可比能は幼少の頃から共に山を駆け、川で魚をとり、悪さをしてはラクレスに叱られた仲である。
伯にはそれで十分だった。
だが、伯はそうであっても可比能がそうだとは限らない。
「いつか俺を捨てた奴らを見返してやりたい」
そういう思いを可比能から感じるときがある。
もしかしたら明日父から伝えられる何かは可比能の出自にも関わるものなのかも知れない。
だからラクレスは可比能の同行を拒んだのか。
それとも命の危険がある旅だからなのか。あるいはその両方。
可比能が語るにまかせ伯は思考の泉に沈んでいった。