第六十七話
雲一つない晴天が広がる空の下、街を行き交う人々の顔からは暑さが消え去っていた。
ツクツクボウシもどこかへ姿をくらまし、鼻の奥へ冷気を含んだ空気が流れ込んでくる。
道路の脇に植わっている街路樹にぶつかりそうになりながら、俺は東京駅前近くにある例のカフェへ足を運んでいた。
「いらっしゃいませ! お一人様ですか?」
「……そうですが」
どう見たって一人だろ。
いちいち一人であることを確認してくるウェイトレスに苛立ちが隠せない。
一人だと強調しないでくれ。
認識させないでくれ。
揺れる瞳を隠そうと、咄嗟に顔を覆った。
ウェイトレスは俺に構わず、マニュアル通りの対応で客を奥へと案内する。
「お客様―、こちらへどーぞ!」
ニコニコと笑顔を貼り付けて案内された席は、彼女と話をしたあの場所だった。
「……ホットコーヒーを1つ」
「かしこまりました!」
去っていこうとするウェイトレスを、「いや」と呼び止める。
「やっぱり、キャラメルマキアートも追加でお願いします……コールドで」
「キャラメルマキアートのコールド1つ、ホットコーヒー1つですね。かしこまりました!」
伝票を瞬時に書き換えたウェイトレスは、水の入ったコップを置いて奥へ引っ込んでいった。
(この水……和歌は美味そうに飲んでいたな……)