第六十六話
「……ルークさん」
「和歌、俺はずっと君のような素晴らしい被写体をカメラに収めたいと思っていた。
君がどんな人物なのか? その生い立ちや背景は? これから何を成すのか? 純粋に記録し、君を見届けたいのだと…………。
だがそうではなかった! 君と話しているだけで、俺はっ……高揚する! その先を期待する! これまで起こった嫌なこと全て忘れられる!
……でも和歌がいないと、今まで味わったことのない、胸の、痛みが、俺を襲う。…………もうずっと……続いてるんだ……っ」
震える彼女の肩を強く抱いて俺は顔を埋めた。もう金木犀の香りはない。
「…………行かないでくれ。
……頼む…………!」
「ルークさん……」
彼女の体から淡い緑光が零れ始めた。
彼女の肩を掴んでいたはずの手が空を切る。
「ありがとう……」
「和歌……!」
緑光に埋め尽くされる直前、彼女は最後にこちらを振り向き、今までで一番嬉しそうな笑顔を見せ、音もなく消えた。
その笑顔はまるで金木犀が満開に咲いているかのように優しく、儚かった。
土を削るように激しさを増す雨は、まさに己の心を投影している。
その場に崩れ落ちるように膝をつき、最初から叶うはずのない希望を持たせた彼女を、そして、人として欠けていた何かを与え消えていった彼女を呪った。
俺は何度も、何度も彼女の名前を叫んだ。
しかしどしゃぶりの雨にかき消され、山間からこだまするはずの己の声すら、ここには届かなかった。