第六十五話
(……まさか!)
「和歌!」
抱きしめたはずの俺の腕をするりと抜け出し、彼女はそのまま東屋を飛び出した。
降りしきる雨の中、走る彼女の後を追う。
俺のジーンズに泥が跳ねかえる。
水たまりを思い切り走り抜けたせいで、ジュブジュブと靴が鳴いた。
俺は何故ここまで必死になる?
取材はもういいんだろう?
なら彼女のことはもういいではないか。
オカルト話を取材したところで放送できないだろ。
接待は終わりだ。
そう思うのに……。
体が言うことをきいてくれない。
彼女を追って走り続ける。
脳裏に走るのは、新人時代に聞いた元上司の話。
「お前には人間として何かが足りないんだよ。分かるかルーク?」
「分かりません。ですが、自分のことは、俺が一番よく分かっているつもりです。
人間として欠如しているものがあるなど、一度も感じたことはありません」
「じゃあ教えてやるよ。お前に足りないものはな……」
柵の方へ走っていく彼女の背中に手を伸ばす。
「待ってくれっ! 和歌! ……俺は、まだっ、……君に何もっ!」
ボイスレコーダーがポケットから飛び出し砂利道に転がっていく。
そのままの勢いで、俺は彼女を後ろから抱きしめた。