第六十四話
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「私はこの地の水神様に祈り続けた。……私を救ってくれたあの人と、直接話がしたい。もっとあの人からの言葉が欲しい。
そう思い続けて数年が経った頃、やっと私の祈りが水神様に届いたの。
数週間だけど、あなたの前でだけ姿を現すことを許された……人間として。
それ以降は、ルークの記憶にある通りよ」
予想を遥かに上回る答えに、俺は耳を疑った。
しかし彼女の話が冗談でないというのを、理屈では説明できない何かが納得させた。
それに一応根拠もある。
確かにあの金木犀が伐採されようとしていたのを止めたのは俺だ。
それを知っている人間など、俺とあいつら以外に誰がいる?
「……何故そこまでして俺と話がしたかったんだ?」
「……だって…………ルークのこと…………」
「……っ!」
やっと彼女が振り返ったと思った。
その顔には涙の筋がきらきらと光っている。
途端に金木犀の香りが強くなり、唇に触れた柔らかい感覚がこれは現実だと伝えてくる。
「あ……」
彼女が語らずとも、ふんわりとした唇の感触で全てを悟った。
幾度となく女を抱いてきた己にとって、この程度のことで心を揺さぶられることなど有り得ない。
ましてや、愛など信じていない自分が……。
「……さようなら」
唇が離れ、囁くような言葉でまどろんでいた意識が急速に引き戻される。