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第六十三話

「何をしているんだ?」


「っ……! ルークプロデューサー!」


ルークと呼ばれた男はチェーンソーと金木犀を交互に見やり、眉間に皺を寄せた。


「この木を伐らなくても、別の場所で車両スペースを確保できるだろ」


「それがこの場所以外、通信があまり良くないんです」


「だからと言って、むやみやたらと木を伐る奴があるか! 時間がないんだ。さっさとその物騒なものをしまったら、あっちの班を手伝え。

通信ならあそこでも届くから」


「わかりましたっ!」


そそくさと退散する男達に彼は舌打ちした。


恐らくさっきの人達にも聞こえただろう。


「全く! 通信のために伐採しようなんて……一体どういう神経をしているんだあいつらは」


一人その場に残った彼は金木犀の幹に手を当て、深く息を吸い込む。


「……いい香りだ。お前、伐られなくて良かったな」


お前……。


この人間は自分のことを「お前」と呼んだ。


もしかして、さっきの声が彼に届いたのだろうか。


(あの! さっきは本当にありがとうございました! 私もう駄目かと……)


彼は何の反応も示さない。


やはり他の人間と同じように、彼もまた己の声を聞くことが出来ないのだ。


さわさわと湖の方からやって来た風が、金木犀の花をさらっていく。


風に乗り切れなかった小花が、彼の前髪にひらりと落ちた。


それを払いもせず、彼はただ満開の花を咲かせる金木犀を見つめ続けている。


「ルークプロデューサー、通信環境OKです! 一度確認をお願いします!」


「わかった、今行く!」


もし自分に声があれば。自在に動ける体があれば。


——もし私が人間なら。

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