バナー画像 お気に入り登録 応援する

文字の大きさ

第六十二話

5年前の9月上旬。


テレビ局とやらの人間が忙しそうに機材を運んでいた。


「こっちも手を貸してくれ!」


「はい!」


山に囲まれた湖を一望できるこの場所には、道路から外れた古い倉庫がある。


電波が入りにくいこの場所で唯一通信が円滑に行えるのは、不思議にもこの倉庫脇付近だけらしい。


大抵の人間は、この倉庫脇へ駐車する。


「おい、この木が邪魔で通れねーぞ」


男が中継で使う車両を倉庫脇に駐車しようと試みているが、立派に生えた金木犀が駐車スペースを塞ぎ、通れなくなっている。


(ごめんなさい……。あなた達が使うと分かっているのだけど、金木犀の成長は止められないの……。ごめんなさい)


「これで伐りますか?」


チェーンソーをもった別のスタッフが金木犀の前にやってきた。


(何をするの……?)


エンジンがかかり、恐ろしい唸り声が上がる。


鈍く光る刃の凹凸が激しく空気を切り裂き、和歌に留まっていた友人のルリビタキは飛んでいった。


己を伐採しようと、男が回転する鋭利な刃を幹に近づける。


それが和歌だとも知らずに。


生きているとも知らずに。


(待って! 伐らないで!)


男を止める術はない。


人間には木の声など聞こえないのだ。


これから与えられる痛みを想像し、和歌は絶望した。


(お願い、やめて! ……誰か、誰か! 助けてぇ!)

しおり