第六十八話
一切の不純物を含んでいない、清らかな水。
ただ蛇口からひねって出しただけの水だろうが、それでも俺は味わうように飲んだ。
「……美味くなんかねえよ」
ぼそりと出た感想は、あの時の本当の気持ちだ。
世間の目を気にしない、嘘偽りのない心からの言葉だった。
(美味いはずがないんだ、こんなただの水……。だけど、彼女は嬉しそうな顔をして、生き返るって顔をして……喜んで2杯も飲んでいた)
「お待たせしましたー!」
コトリと、自分の前に並んだ2つのコップを見つめた。
湯気の立つ暖かなカップに、水滴が付着したグラス。
本当ならもう向かいの席に置き直す必要はない。
だってもう彼女は……。
(いや、考えるな……)
俺は向かいの席にホットコーヒーを置き、キャラメルマキアートのグラスを引き寄せた。
少し肌寒いこの季節に、コールドの飲み物を頼む客は少ないだろう。
あの時と同じ、甘ったるい匂いが心を支配していく。
一口。
二口。
視界からコップがはけた後、俺は何度も向かい側の席を確認する。
もしかしたら彼女がひょっこりと座って、コーヒーを飲んでいるかもしれないじゃないか。
「……和歌、やっぱり君に貰ったキャラメルマキアートが一番美味しかったよ」
独り言を言う変な客がまた来たと、遠くから店員同士が話しているのが聞こえる。
以前俺のところへ2つのカップを置いて行ったウェイトレスがいたが、その行動に納得してしまうのがまだ辛かった。
認めたくない。
認めてしまうと、俺自身が崩れていきそうだ。