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第六十九話

静かに会計を済ませ、彼女の服を買った店を横目に、俺はそのまま家路を急ごうと電車に乗り込んだ。


(どこに行っても、彼女を探してしまう)


今は休日の昼下がり。


まだまだ出掛けていくことが出来る時間だ。


(晴天のせいか。太陽が眩しい……)


電車に揺られていると、ポケットに入れている携帯が鳴る。


画面には何度目かの『渡辺アミ』。


——ルークさん。連絡ください。


(……渡辺、アミ…………)


電話帳から渡辺アミの携帯番号を開く。


あの時は俺が彼女を慰めた。


今度は俺が慰めてもらおうか……。


発信ボタンを押そうと画面に指を近づけた時、金木犀と写真を撮った彼女の顔が頭をよぎった。


最後の「好き」という言葉も。


壊れそうな、抱きしめたくなる表情も。


「和歌っ……!」


携帯の電源を切り、乱暴にポケットに戻した。


祈る様に両手を組み、額に痕が残るほど押し付ける。


(駄目だ…………俺には、もう……)


向かい側に座る大学生が、訝しそうにこちらを見ているのは分かっていた。


隣に座っている小学生でさえ、俺と距離をとっている。


声を抑えてはいたが、堰を切ったように溢れ出す感情を止められなかった。


気分が悪い。


眩暈がする。


さっき飲んだキャラメルマキアートを通路にぶちまけそうになるのを必死に堪えようと、口元へ手をあてた。


胃液か鼻汁かよく分からないものが顎を伝い、手を濡らす。


「はぁ……はぁ…………っ」


激しい後悔の渦が俺を襲い、体中の感覚を何もかも奪っていく。


座席へ座っているはずなのに、体がぐわぐわと浮遊している。


通路に足をつけていることすら分からなくなってきた。


(仕事じゃない……。彼女こそが……俺の全てだったんだ。だって俺は……惨めで……浅はかで……鈍感で……馬鹿だ! 

何が、プロデューサーだ。何が……命の次に大事だ。俺はっ……今、こんなにもっ……死にそうなのに……!)


和歌…………和歌……和歌。


和歌、和歌! 


和歌っ! 


頼む。


出てきてくれ。


もう一度、俺と話をしてくれ。


彼女と会えるなら、例えそれが最後だとしても構わない。


何だってする! 


「もう一度だけ…………抱きしめさせてくれ………………お願いだ、和歌…………」




俺は、初めて失恋した。

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