第七十話
11月3日(木)。18:00。
今年はシベリア大陸からの寒気が早めに訪れたらしく、既に都内では雪がちらついている。
既にイルミネーションが飾り付けられ、街は早くもクリスマスムードだ。
定時を過ぎて事務所に残っているのは、俺、女優の泉と牧野、それから男優の広瀬の4人だけ。
事務所の2階にあるセットで撮影しているのだが、今日は普段より撮り直しが多かった。
彼女がこたつで寝たのをいいことに、その彼氏が女友達にちょっかいをかけ、いつしかそれが卑猥な行為へ移っていくというシーンなのだが……。
「カット! 泉さん。前も言ったんですが、もうちょっと声を押さえてくれませんか?
導入の部分でそれほど喘ぐと後が苦しくなるんですよ。それに、そんなに喘いだら普通気づかれます。
音声が拾える範囲の声量でお願いします」
「すみません……」
注意を受けた泉は小さな体を更に縮こませた。
おかっぱ頭の彼女は、社内で根暗キャラとして有名だ。
ビー玉のような大きな目を持っているのだから、それを活かしたヘアスタイルにすればいいのに。
それほど強く注意してもいないのに、一々萎縮されるとやりにくいだろ。
「広瀬さんはもう少し相手に気を遣ってくれませんか? これは何回も言ってるんだから、いい加減直してください。展開も早すぎる」
目を点で書いたような顔をした広瀬は彼氏役だ。
こいつの体格の良さだけは認めている。
「はいはい」と鬱陶しそうに話を聞き流す態度に苛つくのはいつものことだが、何故か今日は奴の返事が癇に障った。