第五十話
「私……あまり男性に慣れていなくて……すみません」
太股辺りでワンピースをきゅっと握り、体が震えている。
どうやら彼女にとって、何もかにもが初めてのようだ。
あの様子では、男とまともに会話すらしたことがないはず。
「和歌、敬語」
「あっ……」
拉致が明かない。
じれったくなり、俺は彼女の背にそっと手を添えた。
「歩きながら話そう」
「ええ」
「和歌は……敬語の方がリラックスしやすいか?」
「何て言うか……あなたと話す時、いつも緊張してしまうの」
「でも」と彼女は続けた。
「あなたがいいのなら……私はタメ口で話したい」
「和歌……君は本当に不思議な女性だ」
「それは褒めてくれているの?」
ふっと笑いがこぼれる。
「どちらだと思う?」
「もう……ルーク」
「やっと呼んでくれた」
「俺の名前」と言えば、彼女ははっとして恥ずかしそうに視線を逸らした。
いつの間にか坂道はすっかり下り終え、俺達は湖を取り囲む金木犀の公園入り口前までやってきていた。
公園に入るには10段ほど階段を降りなければならないが、苔でつるつると滑るため彼女一人では危険だろう。
調子を取り戻した俺は、いつものように紳士的に腕を差し出す。
「ここから直接湖に出られるんだ。……ほら、掴まって」
予想通り、彼女はもじもじと遠慮している。
強引ではあるが、俺は彼女の手に指を絡めた。
ふっくらとした母性的な手は、意外にもひんやりとしている。
「さあ、行こう」
彼女からの返事はなかったが、きっと「ありがとう」と言ったのだろう。
茹蛸のようになった彼女の顔がそれを伝えてくれていた。