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第四十八話

俯き気味の彼女は左手で顔を隠している。


どうしたのだろう。


もしや俺が連れ回したのが原因か? 


彼女は咳込んでいたし、ひょっとしたら熱があるのかもしれない。


妙に顔も赤くなっている。


それらから推測するに、彼女のさっきの言葉は「早く帰りたい」ではないだろうか。


そう結論付けた俺は、回れ右をして彼女を家まで送ろうとした。


(…………餓鬼か俺は)


行動に移せないというのは初めてだ。


こんなこと今までなかったはずなのに。


おもちゃを買ってもらえない子供が、いつまでも店内で強請る(ねだる)光景は誰しも見たことがあるだろう。


理性より感情が先に立つと、大人であってもやることは同じだ。


(返したくないなんて…………俺は余程、彼女を取材したいらしい)


動けないままでいる俺に業を煮やした彼女は、半分顔を隠したまま、眉尻を下げてこちらを見た。


潤んだ瞳に上気した頬。清純なはずの瞳は、どこまでも扇情的に揺れている。


「…………恥ず、かしい……」


「——っ!」


吐息と共に口から漏れ出たのは、濃厚な羞恥心。


悩ましい程の強烈な甘美さに、俺の心臓は揺さぶられた。


体の中心に熱が集まるのを感じ、快楽にも似た喜びが背中を駆け上がる。


「は…………離して」


聖女の懸命な訴えが、惚けていた俺を現実に引き戻してくれた。


俺は今、肩まで上げられた彼女の右手首を掴み、腹に腕を回して密着している。


これではどう見ても、か弱い女性を誘拐しようとしている悪人だ。


彼女との距離がゼロになっていることに気が付き、急いで距離をとる。

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