アメとジュース、ケ・セラ・セラ
「・・・ごめん」
私は空港の長椅子に寝かされていた。カズナリ君に膝枕されていた。
周りには子どもが集まっていて、ジュースやアメをくれた。かろうじてメルシィと言うと、聞いたことのない言語で返事をし、親のところに帰っていった。
手を振ってくるので、なんとか振り返すと親も含めて手を振ってくれた。
通りすがりの優しさに触れて、泣きそうになった。
「起き抜けに、ごめんか・・・」
カズナリ君が頭上でつぶやく。私は、意識が覚醒するのと同時くらいに、『謝らなきゃ!』と強く思っていた。だから、口をつついて出ていた。
「だって、倒れてばっかで、迷惑かけてばっかだし・・・」
カズナリ君の大きな手が、私の髪を優しく撫でる。
「迷惑なんて、思ったことないよ。むしろ、もっと甘えて欲しい」
私は子どもたちにもらったジュースを目に押し当てた。
「そんな風におもえないよ・・・」
「うーん」
自分が今、めんどくさい奴になっていることは十分わかっている。これだって、甘えている。わかんないなんて言いつつ、カズナリ君に甘えている。
私は、ズルい。
本格的に泣きそうになった時、カズナリ君が言った。
「じゃあさ、権利って、考えてみてよ」
「え?」
「俺に甘えられるのは、サエさんの権利。迷惑だとか考えられるより、そっちのほうが全然嬉しいな」
「・・・権利って言うより、それは利権じゃない?」
カズナリ君は吹き出した。
「どっちでも良いよ。どうせ人間の作った言葉にしか過ぎないんだから。けどね、迷惑とか責任が過剰な世の中だなぁって思うんだ。なぜか強い立場じゃない人に対して、特にね。だから、権利って言葉でサエさんから削ぎ落とせるなら、俺はそうしたいんだ」
カズナリ君は、私の頭に手を置いた。温かくて、いろいろな物事が解れていく気がした。
「・・・ふふっ、私なんかで責任や迷惑が過剰なんて言ってたら、怒られちゃうな」
「誰に?そういうの、良くないと思うよ」
「うん、そうだね。ごめん」
私たちは、少しの間沈黙した。
「・・・カズナリ君、この旅楽しめた?」
「うん。今だって楽しい」
カズナリ君は、私の髪をサラサラ指先で梳いた。
私たちは、空港の近くにある、のどかな村のようなところに泊まった。
道中、深呼吸をしてから返信をしようとした。このまま捨て置くわけにも行くまい。
「あっ、ごめん」
カズナリ君が急に謝る。
「えっ、なにが?」
「実は、サエさんが倒れている間に電話しちゃった」
「えっ?」
「メール見て倒れたから気になって覗いちゃってさ。メールの最後に部署の電話番号も書いてあったし」
「な、なんて?」
私は慌てて、なんて電話したのか聞く。
「えと、佐々木さんていう人が出て、山田紗英の同行者なんですけど加藤さんという人いますか?って言ったら、代わってくれて」
「う、うん」
さすがに二人だとタバコ休憩に行かないのか。
「ご用件は?なんて聞いてくるから、有給を認めないなんて法律違反ですよね。今サエさんはあなたのメール見て倒れちゃいましたよ。迷惑や責任を唱えるなら、この状況をどうしてくれるんですか?サエさんに何かあったらどう責任とってくれるんですか?御社のコンプライアンスはどうなっているんですか?労働法ちゃんと守ってるんですか?当然の権利を認めない会社なんですか?というようなことをガンガンに言った」
「え、ええ~」
「ごめん。つい、我慢出来なくて」
カズナリ君はしょぼんとする。
「い、いや、それでなんて?」
「ああ、なんか謝ってたよ。有給を取って下さい、だってさ」
「そ、そう」
カズナリ君の意外な行動力を舐めていた。この旅で十分学んだはずなのに。
「寝ている間に、そんなことをしてくれてたのか・・・」
「ごめん・・・」
項垂れているカズナリ君の頭に私は手を伸ばした。
「いや、全然良いよ。むしろ、ありがとう」
驚きはしたけど、まぁ、いっかという気分だった。
「ほんと?」
カズナリ君が子どもみたいに、私の表情をうかがってくる。
「ケ・セラ・セラってことで」
なるようになるさってことで、私は自然と微笑んだ。カズナリ君の髪の毛は見た目よりふわふわしていた。ずっと触っていられるな、と思った。
カズナリ君はくすぐったそうに微笑んだ。