ストライキ!
けれど、そう簡単にこの旅は終わらなかった。
「えっ?マジ?」
「あれ?飛行機行っちゃった?」
私たちはシャルル・ド・ゴール空港で途方にくれていた。
飛行機に乗り遅れたのである。
しかし、決して私達がなんらかのミスをした、というわけではない。
驚いたことに、シャトルバスの通っていた高速道路を、タクシー運転手たちが占拠したのだった。
慌てて調べたスマホの情報によると、タクシー業を営む人々によるストライキの一環だったらしい。
私たちの他にシャトルバスに乗っていた他の日本人観光客達も大慌てで、空港になんとか着くなり、謎の連帯感でシャルル・ド・ゴール空港内をみんなで猛ダッシュした。
「ま、まだ、飛行機は出発してないでしょ!」
妙齢の女性が、激しくフランス人のグランドスタッフに言い募る。
しかし、無情かな。私たちの乗るターミナルは到着したところから30分くらいかかるくらい遠くにあり、とても間に合わないという。
日本人観光客の群れは、一同途方に暮れたが、次第次第にバラけていった。それぞれのやり方でどうにかし始めようとしていた。
「私たちも、なんかしなくちゃね」
「そうだね」
特にカズナリ君は焦っていなかったが、私は焦り始めていた。仕事に遅れるのはマズいと思った。
とりあえず保険会社に連絡しようと思った。空港に備え付けの公衆電話を使おうとする。
「あれ?」
けれど、お金を入れてもなぜか反応しない。何度やっても同じだった。お金も戻ってこない。壊れているようだ。
「カウンターに行って聞いてみよっか」
カズナリ君が言う。
「う、うん」
カウンターに向かおうとした時、チラリと後ろを振り返ると、男がやってきてさっきまで私の使っていた電話を弄っていた。そして、小銭の受け取り口からお金をゲットしていた。
それを見て、やられたな、と思い、私は少し嫌な気分になった。
カウンターは航空会社によって区切られていて、私たちが乗る予定だった航空会社のカウンターに向かった。そこに行くにも結構大変だった。
どれがそのカウンターなのか、イマイチわからなかった。日本でなら容易くわかることが、外国では右も左も分からない。
インフォメーションセンターのようなところに行ったら、職業体験中なのか中学生くらいの女の子と、その隣に本職らしき人がいて、中学生くらいの女の子が無愛想に答えた。
しかも、フランス語しかわからないのか、フランス語しか喋ろうとしなかった。隣にいる大人の本職らしき女性は黙っていて、喋ろうとしなかった。
結局、そのインフォメーションセンターでは、有用な情報を得ることは出来なかった。
なんとか自力で目当てのカウンターを見つけると、そこにいた女性はなんと日本語がペラペラで、正直ホッとした。とても親切で、奥から電話の子機を引っ張り出して、貸してくれた。
私たちはなんとか保険会社に電話し、また、そのカウンターにいた女性に事情を話すと明日の夜の便であればとれるとのことだったので、そのように取り計らってもらった。
保険会社の手配で、空港近くのホテルに泊まることに決まった。
つまり、一泊延長ということになったのだった。
「はぁ、なんとかなった」
私はようやく一息ついた。
「だね」
カズナリ君が微笑む。一人じゃなくて良かったと思った。
しかし、仕事に一日遅れることは、決定事項になってしまった。
少し気が滅入るが、メールを送った。
『今は海外にいるが、ストライキの影響で飛行機に乗れなかった。明日の夜の便で帰ることになり、日本に着くのは夕方になる。空港から直接行っても数時間しか仕事は出来ない。行っても意味がないだろう。なので、有給を使う。直前になり申し訳ないが、よろしくお願いします』というようなことを書いた。
自分としては、なかなか解放的な文面だった。
特に、夕方から数時間出社することに意味がないということや、一度も使ったことのない有給を使うと素直にはっきりと書いた。
こんなことに抵抗を感じるということは、知らず識らずの内にでも忖度していたんだなぁと改めて思う。
「大丈夫?」
カズナリ君が私の顔を覗き込む。多分、深刻そうな表情に見えたのだろう。
「うん、大丈夫。行こっか」
けれど、全然大丈夫じゃなかった。
メールはなんと10分もしない内に返信が来た。まさかね、と思いメールチェックをしてみたら、来ていた。
加藤課長からだった。
途端に心臓が重くなる感じがした。
なぜなら、わざわざ私が送ったメールの文面の上に返信をしてきている上に、全社員が閲覧できるようにあらゆる部署のアドレスがCCに貼り付けてあったからだ。
別に私の文章は見られても困るものではないはずだ。法律だって侵していない。就業規則だって前日までに申請すればよいということになっている。今は火曜日で、休むのは木曜日だ。
何の問題もない。やむにやまれぬ事情もある。
けれど、他の社員は内心快く思わないのではないか?という抑圧はたしかに感じざるを得ない。また、加藤さんもそれを狙っているのだろう。
そして、加藤さんの文章は、厭味ったらしさ全開だった。
『山田さんへ。フランス旅行に行っているんですね。道理で金曜日は急いで退社されたわけです笑
ところで、フランスへ3泊5日の旅というのは、元々無理なスケジュールだったんじゃないですか?社会人なのですから、余裕を持って行動してもらいたいものですね。また、フランスへ旅行するということは、事前に教えてもらえていませんでしたね。プライベートなことですから、仕方がないと言えば仕方がないのですが、万が一連絡しなければならないこともあるでしょう。相談とまでは言いませんが、報告して欲しかったです。まぁ、報連相は、我が課の課題でしたね笑
ところで数時間の出社に意味がないとのことですが、私はそうは思いません。あなたは私たちに迷惑を掛けたんですよ?少しでも顔を出して、謝りに来るのが筋というものではありませんか?それなのに有給を取ろうだなんて、私の若い頃からは考えられません。私は、今でもそうですが、休みがなくとも、残業があろうとも文句を言わずに働いています。それはもちろん愛社精神の為せる業ですが、それよりも私以外の社員との絆を大切にしているからです。
山田さんは仕事はできますが、そういった面が欠けていると思います。どうか、これを機会に責任というものを学んで欲しいと思います。
よって、有給は許可出来ません』
足の爪先から脳天まで血が逆流して、沸騰して噴火しそうになるのを感じる。
しかし、何ら事情を知らない人から見れば、表面的には加藤さんの方が正しいことを言っているように見えるのかもしれない。
これだけの文面を10分もしない内に書けるのだ。なぜそれを普段の業務に振り分けないのか。理解不能だった。
しかし、同時にそれが出来ないから、社内政治的なところが発達したのかもしれないとも思った。虚偽まみれだが。
『笑』ってなんだ。急いで退社したのは、お前が責任を擦り付けようとしてきて、キレたからだ。
報連相が課題?わざわざこんな書き方をするということは、ここに来て、まだクラットチーズさんの香料の件を私がミスしたことにしたいのか。いや、もしかしたら、私がいない間にすでに私の責任ということで片がついているのかもしれない。暗澹たる気持ちになる。
『迷惑』?ギリギリの人数で有給すら取らせない。有給が取れる体制を整える努力すらしないマネージャーが何を言っているんだ?迷惑だというのなら、恒常的に私と佐々木くんは迷惑を受けている。それをまず謝るのが筋というものだろう。
お前の若い頃なんぞ知るか。あと、お前全然働いてねえから。嘘ついてんじゃねえ。みんなに転送した手前、カッコつけてんじゃねえ。愛社精神?絆?上司にアピールしてるのか?
有給は許可できない?法律堂々と破ってるんじゃねえ!
「サ、サエさん?」
「あ?」
カズナリ君がぼやける。
「すごい顔色」
私はクラクラっと天井が回るのを自覚すると、視界が真っ暗になった。