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81.逢坂社長に求められました

 逢坂は眉をひそめ、当然のように怪訝な顔をした。

「ずっと長谷川さんのことが好きだったんですよね? あの日、バーでヤケ酒をしたのは、長谷川さんの結婚式だったから……」

 逢坂は黙っている。
 やはり図星なのかと、ちひろは言葉を続けた。

「私、ドジばっかりで頼りなくて……ダメダメな人間ですけど、逢坂社長への思いは誰にも負けないつもりです。だから……」

 逢坂の腕に力がこもり、ちひろの身体をぎゅっと抱きしめる。
 驚いて言葉が続けられなくなってしまった。

「ちひろ。それ以上は言うな」

 切実な彼の声に、ちひろは身が竦んでしまう。

(迷惑だった? でも……そこだけははっきりさせたいの。私は逢坂社長のことが好きだけど、この思いが一方通行だったら悲しすぎる……)

 ちひろの不安をよそに、逢坂は耳元に唇を寄せると、低い声で囁いてきた。

「ここ数ヶ月、ちひろのおかげで長谷川のことをすっかり忘れていたよ。いや、正しくはあの日……失恋を忘れようと入ったバーで、隣に座っていた女の子にだけどな。カクテル一杯で酔っ払って、おれに絡んできて……ヴァージンだから抱いてほしいと叫んできたその娘|《こ》のことで、頭がいっぱいになってしまった」

 言葉にされると、いかにたちの悪い酔っ払いであるか知れる。
 なんとも恥ずかしくて、口をモニョモニョさせて言い訳を口にしようとしたが、逢坂の独白のほうが先だった。

「あの時から、ずっと可愛いちひろを忘れられなかった。ドジでノロマで……」

 ひどい言われようだが、真実なので言い返すこともできない。

「一見頼りなげなのに、今から奪いに行こうとか、ここから一発逆転しようとか、そういうことを言うから面白いと思えた。なかなか芯は強いじゃないか。こんなに面白くて健気で一生懸命で、ひたむきな娘、どこにもいない。……おれから先に言わせてくれ。ちひろ」

「は、はい……」

 逢坂の端正な顔が、ちひろの鼻先にくる。

「仕事でも私生活でも、おれのパートナーになってくれ。天真爛漫な君を愛してしまった。これからのおれの人生を、ちひろが彩ってくれ」

「逢坂社長……」

 夢みたいだ――
 赤い薔薇のおじさまの記憶を、宝物のように胸に秘めていて。

 ちょい悪おやじの逢坂に怒られながらも助けられ、一緒に人気商品を作り上げた達成感で幸せな気分になって。

 憧れと尊敬の念を抱いている彼に、ここまで求められるなんて――

 夢じゃない。夢じゃないんだ。
 ちひろの胸に、口では説明できないほどの歓喜がわき上がってくる。

「はい、はい……嬉しい、逢坂社長……私……」

 泣きそうになりながらも、懸命に返答する。すると彼は優しそうに笑い、頬を撫でてきた。

「凜太郎と、名で呼んでもいいぞ?」

「えっ……」

 逢坂は四十五歳。ちひろとは二十三歳も離れている。
 そこまでの年の差で、名を呼びすてにすることなんて絶対にできない。

「……り、凛太郎おじさまでも、いいですか?」

 それを聞いた逢坂は、ふっと笑うとちひろの小さな唇に掠めるようなキスをした。

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