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80.酔っぱらって大胆に

「ん?」

 ちひろは震える唇で、彼にこう告げた。

「――逢坂社長自身が、欲しいです」

 すると逢坂の唇が、ちひろの頬に落ちてきた。
 そのまま、耳元をくすぐるように彼の顔がずれてくる。
 鼓膜を奮わせるような色気のある声が、ちひろの心にストンと落ちてきた。

「あの日から、おれのすべては君に奪われているよ」


 §§§


 プレゼンテーションで表彰されたあと懇親会となり、出席者は大宴会場で食事を取ることになった。
 ほかにも表彰された出展店舗があり、逢坂と知り合いの出席者も多数いるようで、たくさん声をかけられた。

 キラキラした美男美女ばかりで、ちひろは目がくらみそうになる。
 宴もたけなわ。

 満腹になった頃、逢坂がそろそろ出るというので、慌てて会場をあとにする。
 ホテルの宴会場からエントランスに向かうまでの廊下を、逢坂と並んで歩く。

「あー楽しかった。私、あんな華やかな世界初めてです。新しいことばかりで、もうドキドキでした」

 壇上に立ってトロフィーや表彰状を受け取るのも、何千人ものひとから拍手されるのも。
 高級ホテルの立食パーティだって。もう何もかもが初めてだ。

「そうか。ヒット商品を出してMVPを取れば、来年も出席できるぞ」

「えー……出せますかね? 今回のは運が良かっただけの……きゃっ……」

 ワインを少し飲んだせいか、爪先が絨毯に引っかかってよろけそうになる。

「おっと……」

 すぐに逢坂の筋肉質な腕が伸び、ちひろの華奢な身体を支えてくれた。
 抱きしめるように受け止められ、驚くほど間近に逢坂の顔がきて胸がドクンと高鳴る。

「ありがとうございます……」

「多少しっかりしたと思ったが、まだまだだな」

「すみません……」

 彼のフレグランスと薔薇の香りが、ふわりと鼻腔に伝わる。
 オリエンタルでスパイシーなのに、甘くてセクシーで……逢坂そのものの香りだ。

(さっきの言葉、真に受けちゃってもいいのかな。逢坂社長のすべてが、私のものだなんて……でも……)

 だが、ちひろにはどうしても気にかかることがある。それが解消されない限りは、彼への思いに枷がかかってしまそうな気がした。
 その心に潜む引っかかりを解消したくて、意を決し、大事なことを彼に伝える。

「私、逢坂社長が長谷川さんのことを忘れるまで待ちます」

 彼の腕に抱かれたまま、自分ではない別の女性の名を出す。

「どうした、急に」

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