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38.逢坂の賭け

 だが逢坂の考えは少々違っていた。
 彼女たちの顔をひととおり見回してから、はっきりとこう告げる。

「おれは一概にそうは思わない。確かに彼女の能力は低い。知識もない。経験値もない。ないないづくしだ。だがね、おれはうちの会社が飛躍するいいチャンスだと思っている」

「チャンス、とは?」

 高木が訝しげな表情を向けてきた。逢坂は自分の考えを彼女たちに説明する。

「アパレル業界の中小企業なんて、少数精鋭の社員でやっていかないと回らなくなる。だがいつでも中途採用の即戦力ばかりが雇えるわけではない。そろそろ人材育成にも力を入れていくべきだ。つまり新人教育の強化。それが最重要だと考えている。それには、あれくらいまっさらで知識のない人物を実践教育していくほうがいい。そう考えて雇った」

 みな不満そうな顔をしているが、逢坂は自説に自信を持っていた。

「逢坂社長のお考え、賛同はできかねますが、理解はできました。しかし、うちのチームは経験も知識も豊富なものばかりです。彼女がついてこられるとは思えません」

 高木がそう言うと、悠木が小さく挙手をした。

「うちで引き取ろうか? 雑用なら山ほどあるし。来月も撮影あるんだよね」

 カジュアルチームの仕事は多岐に渡る。
 下手をすると、何年も雑用ばかりの下っ端扱いされかねない。

 すると橘が、その意見に同調した。

「お願いしたいわ。Eコマースだと専門の知識が必要だもの。こっちにきても電話の取り次ぎくらいしかできないし」

 高木がわざとらしく咳払いすると、勝ち誇ったような顔で逢坂を見据えてきた。

「逢坂社長。ここまでみんなの意見にほぼブレがありません。面接で遅刻するようなひとに、本気で可能性があると?」

 高木の言うとおり、ちひろは面接に遅刻した。
 逢坂も遅刻に関しては、あまりいい印象はなかった。
 しかしその日の午後、ひとりの女性から一本の電話があった。

『そうなんです。その、お嬢さん、遅刻しそうとおっしゃっていて。見せていただいた紙にそちらの住所と社名が書かれていたので、ぜひ彼女の遅刻はわたくしが原因であることをお伝えしないといけないと思いましてね……』

 ちひろが道に迷ったというのは嘘ではない。
 しかし遅刻の一番の要因は、まもなく面接時間だというのに、年配の女性と一緒に落とし物を探したことが原因だというのである。

 だがちひろは、面接で人助けをしたことを言わなかった。

 一見普通に見えるが、他人を思いやる心を持っている娘。
 それがちひろだ。

 そんな彼女が、社会的に未熟だからと潰されてしまうのはしのびない。
 育てればきっと化けるはず。

 だから、それまでは逢坂が守ろう。

 彼女の秘める能力を開花させるために――

「ああ。あると信じている。彼女を一人前に育て上げることは、人材育成の発展にもつながる。おれはそれに賭けてみようと思う」

 そこまで言うと、誰も何も言わなくなった。
 逢坂は、自分が多少強引に話を進めたことを理解していた。

 だが新しい可能性を中杢ちひろに見いだしたい。
 それだけの思いで強行したのである。

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