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37.せいいっぱい頑張ったつもりですが…どうやらそうでもないようです

「今日から3日間は、半期に一度の決算セールでね。更に新作商品も同時発売だから、かなり気を張っていたの。何しろ倉庫には、3ヶ月以上在庫を置かないように言われているから必死よ」

(3ヶ月しか在庫を置けない……?)

 以前の会社では、倉庫に何年も眠っている商品が山とあった。
 古くさい文房具でも少しずつだが出荷されるし、特に在庫のことなど気にしたことなどなかった。

「……厳しいんですね」

 彼女が缶コーヒーを手近なゴミ箱に放り込むと、ふふっと笑った。

「当然よ。稼働率の悪い商品は、不動在庫になる。ECチームは在庫を貯めないようにするのが、仕事みたいなものだからね」

 稼働率も不動在庫も考えたことのないちひろには、斬新すぎる考えのように思えたが――

(待って……不動在庫、つまりいつまでも倉庫に居座っている商品が少ないということは、新しい商品を仕入れて、どんどん売ることができる。そのぶん資金も回る……あたりまえの考えだわ! 前の会社がヘンだったんだ)

「今日あなたにお願いした仕事は、カスタマー対応。お客様からのクレームばかりだったでしょう? 外部のカスタマーもいっぱいいっぱいでね。3日間だけ、こっちでも対応することにしたのよ」

「明日も……」

「精神の弱い子なら1日でダメになっちゃうの。本当にあなた、よく頑張ったほうだわ。明日からもカスタマーの電話対応お願いね」

「は、はあ……」

 ちひろが精神の強い子みたいな言われようは、横に置いておいて。
 この恐るべき電話攻撃が、あと2日あるのかと思うとウンザリ……といったところだろうが、ちひろの心境は少しばかり違っていた。

(求められるのって……認められるのって、気持ちいいな)

 確かにクレームや要望ばかりの電話ではあったが、こんな自分にもできることがあるというだけで気持ちが軽くなる。
 微々たる能力しか持たないちひろだが、褒められる仕事があるというのは嬉しかった。
 橘は席に戻ると声を張り上げた。

「さーて、入ってきた受注をさばいていくわよ! 中杢さん。もうちょっと頑張れる?」

「はい。大丈夫です。頑張ります」

 求められているという心のより所だけで、ちひろはEコマースチームの研修を一週間続けることができた。


 §§§


 翌週――


 逢坂は各チームのリーダーを会議室に集め、ちひろの研修の成果を報告させた。

「まったく使い物になりませんでした。無知過ぎます。いくらなんでも考えが甘くありませんか? 入社する会社の業種くらい事前に調べて、予備知識くらい仕入れておくべきですわ」

 そう辛辣に言い切ったのは、ハイブランドチームのリーダー高木だ。
 彼女は社歴も長く、能力値も高い。
 キャリアに自信のある高木からしたら、普通に生きていきた22歳の小娘など、足下にも寄せつけたくないといった感じだろう。

 続いて口を開いたのは、カジュアルブランドのリーダー悠木だ。

「そーお? 重い荷物も文句言わずに運んだし、年下リーダーでもふて腐れたりしなかったけど? あんなもんじゃない? いいじゃない、雑用係でさ」

 最年少のチームリーダー悠木は、自分の基準でしか物事を考えない。
 雑務の仕事だけしか与えないならば、バイトで十分。
 正社員で雇い入れる意味がない。

 だが逢坂はそうとたしなめず、次にEコマースチームのリーダー橘に視線を向けた。
 橘も高木や悠木と似たり寄ったりの意見だ。

「積極的にやってくれたほうだと思います。しかし、残念ですがスキルは下の下ですね。何しろ売り上げに貢献することを何もしていませんから。電話番だけじゃあね」

 橘はネット販売のスペシャリストで、彼女の言うスキルの基準は商品を売ったかどうかのみ。
 金を稼げない社員は役立たずと言い切る、シビアさも持っている。
 当然ながら、ちひろに物販の経験はない。

 そんなことは最初からわかっていたことだ。
 彼女たちからしたら、ちひろなど平均以下、雇う価値などない人材と判断するだろう。

 案の定、全員が同じことを逢坂に言及してきた。

「逢坂社長。なせ、あんなスキルの低い女の子を雇ったのですか? いくらなんでもお荷物過ぎます」

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