39.社長の秘書って…どんな仕事?
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ちひろが出勤したら、いの一番に逢坂に呼ばれた。
デスクの前に立って、まじまじと彼を凝視する。
厚い胸板が浮き上がる白いTシャツに、ほどよいくたびれ感があるデニム。
ダークブラン色のレザージャケットも手入れが行き届いているのか、いい色になっている。
長い足を組んで浮き上がった白のスニーカーも、こまめに洗われているのか清潔だ。
長めの髪をうなじあたりでくくり、相変わらず無精ヒゲを伸ばしている。
色つきサングラスも今日はデザインが違っていて、フレームのところに有名なブランドのロゴが入っていた。
少しでもやりすぎたら過剰になりそうな洒落っ気なのに、微妙なバランスでいい感じに収まっている。
(今日もハイスペックちょい悪オヤジだなあ。サングラスと無精ヒゲのせいではっきり顔を判別できないけど、絶対にイケメンよね)
ちひろの中でイケメンなおじさまといえば、誰がなんと言おうともホテルのバーで知り合ったハイグレードイケオジだ。
とはいえ、逢坂もなかなかのものだと言える。
(逢坂社長も格好いいけど、赤い薔薇のおじさまには適わないわね。何しろエレガントで、スマートで、めちゃくちゃ優しくて……)
そのイケオジの名も訊かず、逃げるようにしてホテルから出てってしまったことを心底後悔している。
(せめて、もうちょっと可愛い下着で出会っていたら……)
「……ろ」
(もしくは酔っぱらって、ヴァージンを貰ってくれなんて、あけすけに叫ばなければ……)
「ちひろ!」
「え?」
「何度呼ばせる。中杢ちひろ!」
「は、はい!」
フルネームで呼ばれて現実に立ち戻る。
ちひろは今、逢坂に呼ばれてデスクの前に立っていたのだ。
「すみません! あのちょっと……意識が飛んで……」
赤い薔薇のおじさまのことを思い出してぼんやりしていたなんて、口が裂けても言えない。
「しっかりしてくれ。大事な話をするところだ」
「すみません……」
萎縮してシュンとするちひろに、逢坂は必要以上に責め立ててはこなかった。
「まあいい。君の今後の業務についての話をする」
研修が終了したら、どのチームに配属するか決定すると言われていたことを思い出す。
(ハイブランドチームはイヤだなあ……。私程度の能力だと足手まといになっちゃうもの。Eコマースチームにいたっては、忙しいのに何もできないという状態だったし。どのチームも荷が重い。……せめてカジュアルチームなら、目が回るほど忙しかったけど、やれることが何かあるかもしれないんだけど)
逢坂の発表を、ゴクリと唾を鳴らして待つ。
すると、なぜかまったく予想外の配置を言い渡された。
「君は、おれ直属の部下にする。しばらく秘書の仕事をしてもらいたい」
秘書――?
逢坂の……社長秘書ということだろうか?
一生縁のなさそうな職種で、ちひろは目を見開いて驚く。
「私が……ですか?」