35.次はEコマースチームですかっ!
最初は、スニーカーなど履いて怒られないだろうかと懸念した。
ところが誰からも何も言わなかった。当然逢坂にもだ。
この会社には「こうでなければならない」という決めつけがない。
パンプスじゃなくてもいいし、もしかしたらビーチサンダルでも怒られないかもしれない。
そうと理解したちひろは、3日目ともなると服装も変え、Tシャツにデニムにした。
そうでないと機敏には動けない。
撮影の立ち会いでスタジオ入りしたときは、初めての体験でいろいろと興奮してしまった。
金髪碧眼の、常軌を逸した美しさを持つ下着モデルを目にしたとき、気持ちが最高潮に盛り上がってしまう。
「うわぁ……モデルさん、すっごく可愛い。細いー!」
なんて喜んだのは最初だけ。
水を買ってこい、タオルを持って来い、小道具を運べ、ライトの位置を変えろ。
次から次へと、ちひろに指示が飛んでくる。
雑誌やポスターで見る美しいモデルスチールは、裏方の努力を積み重ねてできあがるのだと感心してしまった。
毎日がヘロヘロ状態であった。
アパートに戻ると、バタンキューでベッドに倒れ込んでしまう。
「カジュアルチーム、まさかの体育会系だった……全身、筋肉痛だ……」
週末に測ったら体重が3キロ落ちていた。
ものすごい肉体労働だったと、土日を寝て過ごすことになる。
§§§
そして、Eコマースチームの研修をする一週間がやってきた。
土日だけでは疲れが取れず、フラフラしている月曜日。
Eコマースチームのリーダーが、開口一番、口にしてきたのがこれだ。
「私はチームリーダーの橘《たちばな》。悪いけど、今セール中で相手してられないんだ。とりあえず電話が鳴ったら出てくれる?」
「は、はい」
橘はそれだけを言うと、Eコマースチームの社員を集め円陣を組んだ。
「行くよー! 今週を乗り切ったら美味しいビールでも飲みに行こう!! ファイッ!」
「ファイッ!」
円陣の次は、かけ声だ。
(ええ……?!)
カジュアルチームより暑苦しい光景に、ちひろは目を剥いてしまう。
(もしかして、このチームも体育会系? 今週も肉体労働?!)
ちひろの困惑を無視してみな席につくと、無言でキーボードをたたき始めた。
オフィス内はキーボードとマウスをカチャカチャする音しか反響しない。
「電話番だけでいいのかな……」
何も説明されていないので、これといって手伝うことはできないが、電話の取り次ぎだけでは心苦しい。
「あの……私も……」
ちひろの声を、橘が鋭く遮った。
「10時よ! みんな、気を引き締めて!」