32.インボイスってなんですか?
「は……はい? イ、インボイス……?」
高木は目を細めると、片方の口角を上げて意地悪そうに笑った。
「そっかぁ。あなた、この業界素人だったんだわ。でもインボイスくらい書けるでしょ?」
「書いたことありません」
正直にそう告げると、高木の眉間にぎゅっと嫌な皺が寄る。
「もういいわ」
彼女がふいと顔を背けると、近くにいた女性に声をかけた。
「こんな
「はい」
高木はちひろに興味を失ったようで、一瞥すらせずどこかへ行ってしまった。
ちひろは所在なげに立ち尽くすことになる。
(どうしよう……補佐どころか放置されちゃった。簡単な雑用ってところも、イヤな言い方されちゃったし……)
しかし、このまま席に戻ってもすることがない。せめて何か指示されないことには、手持ちぶさたになってしまう。
ちひろは、インボイス作成を請け負った女性のところに行ってみた。
「あの……私、やれるようになりたいので、教えていただけますか?」
その女性は、ちひろをチラリと見ると、にっこりと笑った。
先ほどの高木は冷たい印象だが、こちらの女性は優しそうだ。
「じゃあ、お願いしようかな。書けたらチェックするから見せてね」
そう言うと、インボイスについてひととおりの説明をして、伝票を手渡してきた。
一回聞いたくらいで書けるようになると思えない内容だが、彼女はパソコンに視線を戻すと、忙しそうにキーボードを叩き始めた。
(……わからなくなったら、途中で聞けばいいか。とりあえずやってみよう)
見切り発車のような状態でインボイスの伝票を書き始めたが、すぐにわからない英語スペルが出てきた。
「すみません。衣類のスペル教えてください」
何気なく訊いただけなのに、彼女は冷ややかな目で見返してきた。
「あなたの目の前にある機械は、なんのためにあるの? それくらい自分で調べて」
「え……」
ちひろはこれまで、ちょっとした質問でもまずは先輩社員に質問していた。
それこそ表計算ソフトの簡単な計算式とか、思い出せない漢字とかでもだ。
それがコミュニケーションだと思っていたし、すぐに答えられる範疇なら誰もが気軽に教えてくれた。
それなのに、この会社では「まずは自分で調べろ」という。
ちひろはブラウザを立ち上げ「衣類」「スペル」と打ち込み文字を調べた。
(CLOTHESね。あと……ついでに、わからないスペルも調べておこう)
それらを伝票に書き終えると、女性の元に持って行った。
「できました」
彼女はすみずみまで目を通すと、一カ所間違いを発見した。
「GIFTにチェックが入っているわ。これじゃあプレゼントになっちゃうでしょ。SAMPLEよ。さっき高木さんはマテリアルサンプルって言ったでしょ」
「あ、はい……」