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至高の果実(試供品)

 戦火は飛び火する。といっても、大陸内だけの話だが。それに、他の大陸ほど強くはないとはいえ魔物という人類共通の外敵が存在し、地下迷宮という放置できない脅威も存在しているので、その火はそこまで大きく燃え上がらなかった。
 とはいえ、それでも消えることもなかったようで、小競り合い程度はよく起こっている。まぁその程度で、それ以上となるとかなり稀にしか発展しないのだが。それは管理側として見れば、都合がいい状況とも言えた。
 戦火は消えず、しかしあまり広がらず。大きくなりにくいが、しかし消えずに身近に存在している。現在はそういう状況なだけに、思惑通りに技術の発展は飛躍的に進んだ。
 後はその技術が大陸の外にも拡がれば言うこと無しなのだが、残念ながら海を渡れるほどの船はまだ存在していない。近場で漁をする程度の船はあるが、航行技術以前に、海は魔物だらけなのであまり遠くにはいけないようだ。漁だってそこまで盛んではないようだし。
 その辺りの発展は待たなければならないが、それはそれでいいだろう。もしかしたら、海側に追い詰めれば少しはそちらの発展も望めるかもしれないが。
 それはそれとして、管理が楽なのはいいことだ。その大陸の管理を任せられている管理代行はそう思った。
 他の大陸は日進月歩。とはいえ、地下迷宮攻略に特化した発展をしている場所などもあるので、一括りには出来ないが。
 それら全ての大陸をれいの代わりに管理統括しているのはネメシスとエイビスだが、主な業務は漂着物の選別や案内。
 今日も今日とて流れ着いた魔物を保護区の適切な区画に放り込み、漂着した人を人手が必要な場所に案内する。
 その際に説明や忠告もするが、たまに襲撃されたりする。特に人は彼我の差が理解出来ない者が多いようで、襲撃してくる相手の大半は人であった。なので、必然的に人の案内は二人にとって最も面倒な仕事になっているのだが、れいから任されている以上、そんなことも言っていられない。
「はぁ」
 漂着してきた人の案内を終え、エイビスは小さく息を吐き出す。今回も案内したのが愚か者であったので、その吐く息は重い。
「おや、またか。相変わらずだね」
 そこで合流したネメシスの言葉に、エイビスは視線を向ける。二人は定期的に情報交換を行っていた。それに交代で担当を決めたり、これからの漂着物の配置なども話し合う必要があるので、顔合わせは結構こまめに行っている。れいから任された以上、万が一も許されない。
「ええ。毎回別の個体なので、学習しろとは思っても言えませんから」
「まぁそうだね。向こうからしたら、突然別の場所に連れて来られたという感覚だろうし」
「だからといって、案内しようとする者を問答無用で襲いますかね? せめて情報収集する努力ぐらいはするべきかと」
「まぁね。そこについては同意なのだが、何処の世界でも愚か者は一定数居るものさ。無事案内された者の中にもそんなのが居るからね」
「流れ着く者の中にそんな者の割合が多いというのは、それだけ人という種が愚かだという証明なのですかね?」
「さぁ? そうかもしれないし、違うかもしれない。その辺りは何とも言えないよ」
 エイビスの問いに、ネメシスは肩を竦める。その後に情報の交換など、顔を合わせた本来の目的を果たしていく。やることは色々あるので、話し合いもそこまで時間が取れない。
 そうして一通り情報交換も終わり、担当やらも決めてさぁ解散というところで、二人の前にれいが姿を現した。
 それに気づいた二人は慌てて両膝を地面につき、祈るように手を組んで頭を垂れる。それは人が行う礼拝のようでもあるが、罪を受け入れた罪人のようにも見えた。
 そんな二人の前で足を止めたれいは、二人に顔を上げさせる。その後に立たせた後、労をねぎらう。
 そこまでしてから、れいは二つの実を取り出して、それを二人に差し出す。手のひらサイズのその実には、見るからに凄まじい力が秘められていた。
「……これは何の実でしょうか?」
 思わずといった感じで問い掛けたのは、エイビスであった。声を出して思わず口元を押さえたのは、許可なく発言してしまったからかもしれない。
 しかし、れいはそんなことは全く気にしない。それこそ、最初に跪く必要性すら感じていないのだが、その辺りはもう諦めた。
 れいはそんなエイビスには触れず、差し出した実を更に二人に近づけながら説明する。
「………………これは、魔木の実を参考に私の力の一部を封じ込めた実です。このまま食べられるように工夫してみましたので、味の感想でも頂けたらと思いまして」
 その説明に、二人はれいの差し出す実を凝視する。それは美味い不味い以前に、れいの力が封じられている時点で、二人にとっては既に至高の実であることが確定した事実となっていた。
 れいが二人を促すように差し出した腕を動かすと、それでハッとした二人は実を両手で包むようにして持つと、頭を下げて天上に掲げるようにして受け取った。
 その後、無言でれいが眺めて催促する中で、勿体ないと思いつつも、れいの要望に応えるために二人は実に口を付ける。軽やかでありながら確かな食感を感じながら口に入ってきた実は、それだけで昇天するのではないかというほどに美味であった。
 それだけではなく、実を食べたことで内から力が溢れるのを感じた。明らかに食べただけで強くなっているらしい。
 流石は至高の果実。二人はそう思うだけで、疑問を抱かない。もっとも、れいの力が籠められているというのと、ネメシスとエイビスがれいが創造した存在だというのを加味すれば、全くおかしくは無いのだが。
 その後しばらく恍惚と放心した二人は、れいに感想を熱く語った。それで結構な時間が経過したのだが、強化された二人はその後の遅れを軽く取り戻す。いやそれどころか、強化は一時的なものではなかったようで、その後はより早く仕事を捌けるようになった。

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