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「よし! これで全部ですよ」
リビングの隅に段ボールを置いた優磨くんに「ありがとう」と声をかけて、コーヒーを入れたカップをテーブルに並べた。
「優磨くんどうぞ」
「ありがとうございます」
イスに座った優磨くんの向かいに私も座ると軽く部屋を見回した。今日からこの部屋が私の新しい家になる。元から置いてあった浅野さんの家具や私物の横に私の荷物が加わる。
浅野さんは城藤家に与えられたマンションから引っ越し、実家近くのこのマンションに引っ越した。以前よりも狭くて古いけれど住み心地は悪くない。私と二人での生活を始めるのにも十分だ。
「美紗さんのお母さんは寂しいでしょうね。ずっと親子二人で生きてきたのに」
「それがね、お母さんも彼氏と住もうかななんて言い出してるの。私がいなくなったら部屋を自由にできるからって」
母は彼氏ができて再婚を考えている。私も家を出るし、母にはこれから自分の人生を生きてほしいと思っていたからタイミングがよかった。
「そういえば慶太さんはまだお店ですか?」
「うん。今は本店にいるの。新作パンの試食会議だからどうしても抜けられないって」
浅野さんのご両親が経営するパン屋は既に3店舗になった。美麗さんとの結婚が破談になって移住したこの地で成功したようだ。
パンを作るのは浅野さんのお父さんと専門学校を卒業した妹さんが中心となり、浅野さんはマネジメントを担当している。早峰フーズやそれ以前に勤めていた食品会社での経験が活きているようだ。
「美紗さんが引っ越してくるっていうのに仕事ですか。さすが次期社長は忙しいですね」
「社長なんて優磨くんには言われたくないかもね」
涼しい顔をしてコーヒーを飲む優磨くんに思わず笑ってしまった。
次期社長なんて言葉は浅野さんには似合わない気がする。だけど事実これからは浅野さんが中心となって事業を拡大していくだろう。パン屋はテレビ番組で取材してもらう話もあるのだという。
「優磨くんは? 仕事はどう?」
「毎日怒られてばかりですよ。週末のありがたさを実感してます」
優磨くんが就職して数ヵ月。城藤の人間だからと他の新卒に比べて扱いが違うらしいけど、家柄は関係なく接してくれる同期の子に出会えて何だかんだ楽しくやっているそうだ。
「もっと勉強して成長して、城藤の名前に恥じない人間になりたいです」
「うん。頑張って」
玄関のドアが開く音がしてリビングに浅野さんが入ってきた。
「ただいま」
「おかえりなさい」
「おかえり慶太さん」
「なんで僕より先に美紗と座ってるんだよ」
浅野さんはテーブルに向かい合って座る私と優磨くんに不快な顔を見せた。
「いいじゃないですか。これから二人で食卓を囲む機会はいっぱいあるんだから俺が一回くらい座っても」
「そもそも今日も僕が運ぶからいいって言ったのに」
「お忙しい社長の手を煩わせないように引越しのお手伝いですよ」
『社長』の言葉に浅野さんの眉がぴくりと動いた。浅野さんは何よりもそう言われるのを嫌うから。その気持ちを察したのか優磨くんは「新婚さんの邪魔をしちゃいけないから帰りますね」と言って立ち上がった。
「もう? ご飯食べていけば?」
私がそう言ったのだけど優磨くんは「いえ、ご主人が不快感を露にしてるので帰ります」と笑顔で答えた。見ると浅野さんは分かりやすく不機嫌な顔をしていた。
「でも遠いところから来てもらったのに……」
私の実家とこのマンションは車で2時間近くかかった。優磨くんはわざわざ車を出して引越しを手伝ってくれたのだ。
「いいえ、平気ですよ。俺に嫉妬して邪険にする慶太さんを見るのは楽しいですから」
「早く帰りなよ御曹司様」
「はいはい」
優磨くんはパーカーを着ると玄関まで移動した。
「優磨くん今日は本当にありがとう」
「いいえー楽しかったですよ、美紗さんとのドライブ」
優磨くんは私の後ろに立つ浅野さんの顔を見ると口を噤んで帰っていった。玄関のドアが閉まった途端、浅野さんが私を後ろから抱きしめてきた。
「ごめんね、手伝えなくて」
「いいんですよ。お仕事お疲れ様です」
浅野さんは私の髪に、そして首にキスをし始める。
「もうっ……ダメですよ。まだ荷物も出しきってないし、ご飯も作るんですから……」
浅野さんの手は服の上から私の体を撫で始める。
ワンピースを着ていることが仇になり、服の裾を手繰り寄せ下から手が服の中に侵入する。
「ダメですって!」
逃げようと前屈みになると右手が下腹部に、左手が背後に回ってブラジャーのホックを外された。
抵抗しようと体を捻ると腰を抱かれてキスをされる。
ワンピースの裾は胸まで上げられ、ショーツが丸見えになった。恥ずかしくて浅野さんに抱きつくと首にキスをされながらお尻を撫でられる。体がゾクゾクして足に力が入らなくなり、崩れ落ちそうになると浅野さんの左手が腰を支える。
「浅野さんっ……」
「まだ浅野さんなの? 君ももうすぐ浅野になるのに」
入籍したら私は『足立美紗』から『浅野美紗』になる。分かってはいてもまだ浅野さんと呼んでしまう。
「美紗」
耳元で名前を囁かれて思わず腰が揺れた。
足の付け根からショーツの隙間に指が入ってくると「浅野さん、やだっ……」と言葉でしか抵抗できなくなった。
「浅野に慣れるまで思い知らせるよ」
そう言うとキスをしながらゆっくりベッドルームへ移動し始める。唇を重ねながら転ばないようにぎこちなく足を動かす。抵抗したいのに手が胸を包むから力が入らなくて、どんどんベッドに追いやられていく。
「だめです……」
「何で?」
「何でって……まだ夕方ですし……」
「じゃあ夜ならいいの?」
そう言われて返す言葉がない。
「理由がないなら今から思い知らせるよ」
ベッドに押し倒され浅野さんが私を跨いだ。
「浅野さん!」
怒っても背中を浮かされてワンピースを脱がされた。腕に絡んだブラジャーも取られると、ショーツだけの姿を見下ろされる。
「浅野さん、じゃないでしょ」
「でも……」
胸を隠した両腕を引き剥がされ、唇を塞がれる。手は素早く、けれど優しく体を撫で回す。
「君の名前は?」
「あっ……浅野美沙ですっ……」
胸に顔をうずめる浅野さんに体をよじりながら精一杯言葉を出す。
「僕の名前は?」
「慶太さん……」
「君の何?」
「旦那さん……ですっ……ん」
唇が肌に吸いつく感触に身悶える。
「名前呼んで」
「慶太さんっ……」
ショーツを脱がされ、奥に手が触れると体が小さく跳ねた。
「美紗……愛してる」
「私も……慶太さんを愛してます」
キスの合間に言葉を絞り出す。体の隅々まで熱に支配された。
私の全部はあなたのものです。ずっとそばにいます。だから、ずっとそばにいてくださいね。