最初の漂着者
管理者は流れ着いてきた人を居住区画の近くに在る平原へと誘導する。最初から居住区画に漂着させてもよかったのだが、暴れられても面倒なので、まずは建物から離れた場所を選んだ。
そうして平原に流れ着いたのは、一組の幼い男女。
薄汚れた服を着たその者達は、少年の方が十を数年ばかり過ぎたぐらいだろうか。つり上がった目にボサボサの髪。身体は痩せこけていて、見るからに貧しいというのが分かる。
少女の方は十に少しばかり足りないぐらいの年齢だろうか。クリっとした丸く可愛らしい目をしているが、こちらも髪はボサボサしている。身体は痩せているが、少年の方よりかは幾分かマシに見えた。
少年は周囲を確認しながらも、正面に立つ管理者に警戒の目を向ける。少女は不安げに周囲を見回すと、そのまま正面の管理者に不安げな目を向ける。
管理者はしっかりと二人の意識が自分に向いたのを確認したところで、口を開いた。
「ようこそ異世界へ。私はこの世界の管理をしている者です」
少年少女の居た世界には、管理者が行うような意思を直接伝えるという方法が無いようなので、相手に合わせてそう言葉にすると、スカートの裾を摘まんで管理者は優雅にお辞儀をしてみせる。
別に管理者に性別は無いのだが、スカートを穿いているうえに管理者の見た目はどう見ても女性にしか見えないので、それを意識して適切だろう挨拶をしてみただけ。
しかし、相手はどう見ても浮浪児である。そんな挨拶を常日頃から受けているとは思えなかった。
「ここは何処だ!? なんで俺らはこんな場所に居るんだ!?」
混乱しているのだろう。少年は僅かに上体を引きながらも、声を荒げて管理者に問い掛ける。
そんな相手の態度など意にも解さず、管理者はいつもの説明を行う。
「まずはここの世界の説明と、貴方方の状況について説明いたしましょう」
そう切り出すと、管理者はここが少年少女にとっては異世界である事と、二人が元居た世界から放り出された存在である事をそのまま説明していく。管理者が相手を気遣うはずもないので、それをそのまま口にしていた。
その中で、世界に放り出されたという部分で少女の方がびくりと身を震わせていたので、おそらく捨て子なのだろう。
そんな中でも少年は気丈に振舞い、少女を護るように立っている。二人は顔立ちは少し似ているので、もしかしたら兄妹なのかもしれない。
管理者は続けて注意事項も説明していく。内容はダンジョンクリエーターに行ったものと大して変わらない。世界と管理者さえ害そうとしなければ、後は好きにしていいといういつものやつだ。二人の様子を見て、威圧は今回は止めておいた。
説明を終えた後、管理者は二人を居住区画へと案内する事にした。住む場所を提供するので大人しく付いてくるようにと告げると、何か言いたげではあったが、二人は大人しく付いてきた。
居住区画に入ると、まずはこの場所を管理している管理補佐を紹介する。管理者が呼べばすぐ来たので、紹介は直ぐに終わった。
その後に好きな家を選んでいいという事と、二人以外には誰も住んでいない事を告げる。それを聞いて、流石に二人は驚いたようだったが、管理者にとってそれはどうでもいい事なので話を進める。
好きな家を見つけたら中を見ていいという事を話した後、居住区画を管理補佐を伴って移動していく。
その道中、二人に戦えるかどうかを問うてみる。管理者が見た限りでは、二人は子供の域は出ていない気がするが、この場所に辿り着いている時点で特殊な力を扱える可能性が非常に高いので、見た目通りという訳ではないだろう。
管理者の問いに、少年は戦えると返す。しかし、何処か自信なさげに思えたので、管理者はもう少し踏み込んで訊いてみた。そうすると。
「……人相手ぐらいにしか戦った事はない」
という答えが返ってきた。人を相手した時も、話を聞く限り殺し合いという訳ではなさそうだ。つまり、喧嘩程度ならした事があるという答えなのだと管理者は勝手に解釈しておく。
しかしそうなると、困った事になった。今後この地で生きていくうえで二人には食料は欠かせない。だが、この場所には住む場所はあるがそれだけだ。建物と一緒に流されてきた保存食が少し在るも、今でもそれらが無事に食べられる保証は全くない。
水に関しては近くに川が流れているのだが、そこへは森に少し入る必要がある。食料も森から木の実やらを採取すればいいのかもしれないが、森の中は二人にはかなり危険だろう。管理者の見立てでは、森の中でも底辺に位置する魔蟲一匹にも勝てるかどうかといったところ。しかも魔蟲は基本的に群れで存在している。
中には独自に進化している植物も居るし、それにすら二人は勝てないだろう。それほどまでに弱い。ここに来れたのは運の部分が強そうだ。まぁ、今は使えないというだけで、秘めている力はそれなりのようだが。
そこで管理者は考える。折角来た人である。ここでむざむざ死なれるのもなんだか勿体ないと。
かといって、別に優遇するつもりはない。まぁ、多少便宜を図りはするが。
時折二人の要望で家の中に入って内装や間取りなどを確認しながらも、どうしようかと考えている内に広場に出る。
広場と言っても、新しく建物が来たら誘導しようと思って空けていた場所でしかないが。
その場所は居住区画の中央付近。居住区画の象徴となるような大きな建物でも来たらここに設置しようと思い、わざわざ広めに土地を残しておいた場所だ。
しかし、未だにそんな建物は流れ着かないので、そこに別の何かを用意してもいいかとも思う。だが、折角空けているのにとも思った。
とりあえず今は、二人の住居選びが先だろう。そう思い直し、管理者は他の住居を案内していく。
居住区画を歩いて建物を案内していると、ずらりと並んだ建物に、結構な数が流れ着いていたのだなと驚く。様々な世界や時代から流れ着いているので、様式や見た目も様々だ。
それを見ているだけでも楽しいのではないだろうかと思いながらも、二人に次の家を案内する。
そうして何軒も家を見た結果、二人はこじんまりとした一軒の家に二人で暮らすことに決めた。
管理者はその家を確認した後、家と隣接する空いている土地の一部も含めて囲いで覆っていく。これで小さな庭付きの一軒家という事になる。周囲を柵で囲っているので、そこが住処だと分かりやすくなっただろう。
もっとも、管理者がそうやって場所を区切ったのは、単純に庭を造ろうと思ったから。広場に何かを造ろうかと思ったが、住民は二人だけなのだし、今のところは二人の家の近くに用意した方がいいだろうと判断した。それの移動や消去は管理者なら容易い。
庭を造った管理者は、その庭に井戸と木を一本用意する。井戸には落下防止も込めて、蓋として汲み上げ式のポンプも設置しておいた。人力なのでこれぐらいはいいだろう。これぐらいの文明はそう珍しくはない。
その近くに植えた木は、高さが1メートルほどの低木。その木は、朝と夜の二回、木に栄養価の高い実を二つ実らせる。つまりは最低限の食事だ。
その実は収穫すると、どんな方法や加工を行っても一日で腐ってしまうので保存は利かない。収穫しなければ腐らないが、どんなに待っても木は二つしか実を付けない。
それぐらいであれば優遇とまでは言わないだろう。最低限生きていけるだけの用意だ。
管理者は二人にその木と井戸の説明を行い、居住区画周辺の説明もしておく。そのうえで、居住区画内であれば安全である事も教えておいた。居住区画内に魔物は入ってはこないし、もしも一定以上近づけば管理補佐が掃除してくれる。
二人は真剣な面持ちでその話を聞いた後、幾つか質問を行う。まだ馴染んだというには早すぎるが、それでも二人はここで生きていく事を早々に決めたらしく、最初の時よりかは不安が減っているような気がした。
もっとも、それで納得出来た訳ではないようで、元の世界に帰れないのかと問われはしたが。
それに管理者は地下迷宮の話をしたが、勧めはしなかった。既にあの地は森以上の脅威となっているので、二人だと無駄死にするだけであるし。
それで諦めた訳ではないだろうが、後は好きにすればいいと思い、管理者は説明を終えて居住区画を出ていく。後は管理補佐が何とかしてくれるであろう。あの管理補佐は居住区画担当なのだから。