Trampa
次の朝。天気は昨日よりマシで、少し灰色がかった景色が広がっていたのだが、気温は更に下がっていた。雪は降ってはいないものの、何故か15cmぐらい積もっていた。(おそらく彼らが寝ている間に降っていたのだろう)
キャメロン達は壁の大きな鉄門戸の近くで、お互いに忘れ物が無いかを確認し合っていた。
「キャメロンさん、許可証はしっかり持っていますか?」
「ああ、もちろんだ。ここに入れている。」
彼はダウンジャケットのポケットから木の板を取り出す。そこには【Pase】と書かれた文字と、おそらく焼けた跡であろう黒い斑点が所々に付いている。ちなみにキャメロンが付けたシミではない。
「そういえば、あの時に使った銃はどうしましたの?まさか雪賊さんの家に置いてきたわけではないですわよね!?」
「メディジェイトのことか。それなら今に俺が背負っているが?」
と、背中に掛けている大きな袋を水蓮に見せつける。
「えっ?これは大きいじゃないですの!!小さいのはどこですの!?」
「はあ………貴様は後で理解するだろう。」
「うん………キャメロンの銃は…………凄いから……!」
「へえー………なら今見せて欲しいですわ!花菜がそう言うなら!!」
「今は駄目だ。仕事が終わってからにしろ。」
「本当にケチですわね!!ふんっ!!」
「はは………それでは参りましょうか。」
と、雪賊は門番に頼んで門戸を開けてもらった。扉の先はもちろん一面雪景色。ただ違うのは、門を出たら林だけが周りに見える。
針葉樹林が彼らの何倍の大きさでそびえ立っていて、こちらの方に倒れてきそうな感じがする。
街よりも林の方が地面に積もった雪が厚く、ブーツを履いている彼らでさえ、歩くのが一苦労である。
「ちょっと……これ………疲れますわよ………はあ……足先が!凍りそう!ですわ!!」
と、水蓮が踏ん張って大股で歩いている。
「アンタら〜しっかりしてぇな〜!」
「歩きもしない貴方に言われたくないですわ………」
「オハナ……そんな酷いこと………言ったら…………ここに………置いて行くよ………?」
「え〜!?そんなんズルいわ〜!!脅迫やん!脅迫!!いー!!」
「静かにしろ。もし獣に気づかれたらどうするつもりだ。不平不満は仕事が終わってから言え。」
キャメロンの発言で女性陣(一体は除く)が一斉に黙る。彼は仕事(特に重要な依頼の場合)に関してはかなりのこだわりを持っており、要は一般的に言う「効率厨」と呼ばれる類いである。
歩いて三十分。奥左に大きな岩が見えてきた。岩には苔が少し生えていて、更にその上には木が疎らに生えている。しかも厚い雪のせいでそろそろ枝が折れそうである。
すると、雪賊は声が響かないようにキャメロン達に囁いた。
「この洞窟があの熊のねぐらです……………そっと歩きましょうか………できるだけ音を立てないでください………」
地面には厚く雪が積もっているため、完全に無音で歩くことはできないが、最小限に足音をかき消す。
できるだけ熊に気づかれず、遠くからでも観察できるようなところへ移動する。
林の奥に行き過ぎないように、傍にある深い草むらに隠れる。
頭隠して尻隠さず。そんな阿呆なことはしない。頭や尻だけでなく、気配も消さなければならない。
雪賊は双眼鏡を取り出して、草むらの音が聞こえないように、葉っぱと葉っぱの間に突っ込む。
覗いて見ると、レンズの奥に黒い大きな毛玉が見える。おそらく背中だろう。遠くからでも深い寝息が聞こえてくる。
「あれですね………まだ気づかれていないようです………良かった…………」
雪賊がほっとしているのも束の間、すぐに双眼鏡を片付けて、キャメロン達と一緒に猟る準備を始める。
「キャメロンさん、銃弾が足りなかった言ってください。僕がすぐに"作ります"ので。」
「作る?まさかとは思うが、貴様は【禁索体】か?」
「【禁索体】?どういう意味ですか?」
「簡単に言えば、《普通の人間とは違って、不思議な力を自己の善悪の判断で活用する異能者》のことだが。」
「あー………それっていわゆる"異能者"のことですよね。僕の場合は戦闘向きじゃないんです。だから武器を持たないといけないんです。」
と、雪賊は手袋を外してその手にベージュ色のエフェクトがかかる。
「金属製の小さな部品ならいくらでも作れます。武器はとても無理ですが。」
すると、彼の手から現れたのは"本物の銃弾"。キャメロンが手に取って触ってみると、金属の冷たさは手袋をはめていても感じられる。
「なるほど。もし貴様が軍に入隊希望でも出せば、彼らはすぐさま採用するだろう。」
「流石に悪用はしませんよ………」
「予備の銃弾を準備してくれたのはありがたい。だが、俺の銃は特定の金属板しか使えないのだ。すまないが、これは貴様が使ってくれ。」
「そうでしたか。では、自由に使わせて貰いますね。」
と、彼は銃弾を猟銃に装填し始める。
その一方で、水蓮は肩掛け鞄から組み立て式の小さな杖を取り出した。実はこれは使い捨てであり、少ない魔力だと十五回、極大魔法だと五回で自動的に破壊される。予備としてもう一本買ってきている。
一本は白い石が窪にはめられていて、もう一本はタイガーアイが飾りとなっている。
「残っていた商品なので好みの色は選べませんでしたわ………それでも大事なのは"どうやって使うか"ですわよね!!」
その傍ら、花菜は少し悲しそうな顔をしている。何故ならば、猟るための武器を持っていないからだ。
買い物をした時に、「僕も戦うから武器を買ってもらってもいいかな」と聞いたら、「お気持ちで十分ですわ!!私達に任せなさい!!」と言われたのである。
(僕だって………僕だって、みんなの役に立てるようになりたいのに。)
彼はちょっと複雑な気持ちになっていた。
「どうしたん?」
「別に………何ともないよ…………」
「ふーん………変なのー。」
その時、洞窟内の熊が寝返りを打ち始めた。
「あっ、そろそろ起きそうです。皆さん、伏せてください!」
熊は鼻息といびきをかきながら、首の位置を変えていく。
「よし、猟銃を三脚に置いて待ち伏せします。キャメロンさんも定位置に………あれ?」
後ろを振り向くと、既にキャメロンはどこかに行ってしまっていた。しかも、自分の荷物を全部持って行って。
「いつの間に!?こんな時にどこに行ったんですのよ!?」
「水蓮さん!しーっ!!」
「あっ、ごめんなさい………つい熱くなっちゃいましたわ………」
「とりあえず放っておきましょう。今は熊を見張ることに集中した方がいいです。」
街寄りの林に着いたキャメロンは、金属製の飯盒(はんごう)とレギュレーターストーブを手持ちの小さな鞄から取り出した。ストーブを雪の上に置き、飯盒をその上にのせる。まだ火はつけない。
背負っている袋から───シレネが刻印された白いライフルスコープを取り出した。
もちろん分かっているだろうが、この銃はメディジェイトである。スコープのカバーを取り外し、埃が付いていないかを確認する。
「あの場所で待機し続けても無駄だ。短期決戦でトドメを刺す。」
もう一度言うが、彼は効率しか考えていない。一人で自由に敵を仕留める。先手必勝が狙いの彼には後攻など"面倒臭い"のである。
「獣は食べ物で釣る方が捕りやすい。"安全性を重視して"捕獲器を使っても引っ掛からないのであれば、"命中率を焦点に置いて"罠を自分の傍に設置した方が、より殺しやすい。弱点は自分の死亡率が跳ね上がるのだがな。」
ストーブのスイッチを最大限にひねって、飯盒の蓋を外した。中には、昨日の夕飯に出されていたシチューである。
「後は待つだけだが、匂いで引き寄せないといけないな。何かが足りない。」
すると、後ろから駆け足の音が聞こえてくる。振り向いて見ると、水蓮が息を切らしてこちらに駆け寄ってきた。
「はあ………はあぁ………急に………持ち場を……離れて………何して……いるんですのよ!!」
「……………」
キャメロンが何も言わずにじっと水蓮を見つめている。
「な、何も言うことはありませんの!?」
「貴様は風の魔法が使えたか?」
「最初の発言がそれですの!?デリカシがないですのね!!使えますわよ!!」
「なら手伝ってくれ。匂いで熊を引き寄せるぞ。」
「はあ………仕方ないですわね…………」
「飯盒の前まで来てくれ。」
と、水蓮の腕を引っ張って来させる。
「!?」
初めて男性にいきなり腕を引っ張られたのか、水蓮は顔を真っ赤にして固まる。
(結構、力が強いですわね………)
「どうした。」
「い、いい、いえ!な、何でもないですわよ!!風で匂いを洞窟まで飛ばせばいいですのよね!?………と言うか、そもそも何故に昨日のシチューがここにあr」
「いいから早くしろ。」
「分かりましたわよ!!」
水蓮は飯盒の前に両手を出して、水色の魔法陣を出現させる。
「それなら最大火力でやってみろ。」
「吹き飛びますわよ!?普通でいきますわ!!」
両手に魔力を込めて───
「【強風】(ヴィエント・フェルテ)!!!!」
魔法陣から強い風が吹く。しかし、飯盒自体は倒れず、匂いを含んだ蒸気だけを飛ばす。
徐々にその広がりが洞窟まで届いていく。その近くに花菜達が。
「あれ………?美味しそうな………匂いが………する………?」
「くんくん………ほんまや!!どこから来てんねやろ?」
「そうですね……………まさか街の方からなんじゃ………!?」
「えっ………」
「まずい!!このままだと!!」
その瞬間─────熊が激しく洞窟の中で動き始めた。雪賊の大声と食べ物の匂いに反応して、すっかり起きてしまったようだ。
「◾◾ ◾◾ ◾◾◾───!!」
熊が匂いに嗅ぎついて、洞窟から這い出てくる。その目は真紅に染まっており、牙を剥き出しにして、ヨダレをだらだらと垂らす。
草むらの茂みには声を押し殺した雪賊と彼の手で口を塞がれた花菜が、目を大きく見開いて隠れていた。
獣はゆっくりと街の方へと歩き出す。
(まずい、まずいまずい!!また被害が出るぞ!!)
雪賊は猟銃を持って、前に出て獣に向けて発砲するのだが、弾は身体に傷を入れないどころか跳ね返される。何度も何度も撃ち、弾が貫通するまで装填と発砲を繰り返す。
(やっぱりいくら撃っても当たらない!!しかも動いているから余計に………!!)
すると、熊は雪賊を邪魔に思ったのだろうか、大きな爪で彼に襲いかかろうとした。
「うわっ!!?」
瞬時に彼はその攻撃を避けた。避けた反動で転んでしまった。
熊は彼に長く構わずに、鼻をすんすんとさせながら、ゆっくりと街のある方角へ向かって行った。
「くっ………!僕としたことが!!」
「大丈夫………?」
「ええ、大丈夫ですよ。急ぐので僕の背中に乗ってください!!」
「キャメロンと水蓮は探さへんの?キャメロンは勝手にどっかに行きおったし、水蓮はあいつを追いかけたし………」
「それは後です!!」
彼は花菜を背負って、熊が向かった方へと駆け出した。
「おい、罠も仕掛けてくれるか。」
「また私に仕事をさせるつもりですの!?」
「そのつもりだが。できるだけ両手両足を動かせないようにだ。俺よりも1m前に設置してくれ。」
「分かりましたわよ!!」
水蓮はキャメロンの足の1m前に二つの魔法陣、その5m先にもう二つの魔法陣を展開させて透明化させる。
「これでいいですのね!?」
「ああ、貴様は下がってろ。俺があやつを仕留める。」
「本当に大丈夫ですの!?」
「集中できないから黙れ。」
メディジェイトの銃口を下に、彼は目線をまっすぐに向ける。神経を研ぎ澄ます。聞こえるのは─────熊の鳴き声、いや、野生の獣が"禁索語を叫ぶ"声が。大きな足音も聞こえてくる。
「【Antiguamente durante el invierno, cuando los osos gigantes que estaban hambrientos y entraron en el pueblo buscando comida, fueron recibidos por especialistas en la caza de osos, pero lamentablemente alugunos de esos cazadores fueron atacados por los osos y murieron. Ese fue un dia muy diferente en el pueblo, ya que la tranquilidad diaria se convirtio en gritos y quejidos, siendo hasta hoy dicha trajedia un dia inolvidable en la historia del pueblo. Este temor ha ocasionado que el ser humano quiera retroceder el tiempo y poder cambiar los acontecimientos.】」
「大昔の冬、巨大な獣は食料を求めて村を襲った。猟友会はその獣に立ち向かうも、数人が犠牲になった。村の"閑静"は"喚声"へと変わった日だった。それは史上最悪の獣害。人の子は自然を抑圧しようとするが、自然はその巨大な力を解放する。自然を畏怖せよ。」
その言葉をそのままキャメロンが翻訳していく。
「この言葉をひたすら繰り返し叫んでいるようだな。」
「何故言っていることが理解できるのですの………!?」
熊の姿が見えてきた。匂いがキャメロン達のところから来ていると気づいたのか、こちらに突進してこようとする。
「ちょっと!!逃げないんですの!?」
「……………」
水蓮は襲われないように少しずつ後ずさりしていくが、キャメロンに腕を引っ張られて動けない。
「安心しろ。貴様を死なす訳にはいかないからな。」
「えっ………」
獣がスローモーションでこちらに来るように見える。熊があと10m………7m………4m……………1m前に来た。
その刹那───罠が作動し、熊の両前足を固定させる。
熊が必死に身体を伸ばし、力を入れてそれを破壊しようとするが、身体を伸ばしたせいで両後ろ足がもう二つの罠に引っかかる。
キャメロンが水蓮の腕を離して、熊の前でライフルを構える。だが、熊は銃口を牙で捕らえて、彼が撃たせないようにする。
「"それ"を待っていたぞ!!」
彼は大きく目を見開き、不気味な笑みを浮かべて、撃鉄に強く力を入れた。
その瞬間─────熊の顎から上が吹っ飛んだ。
そう彼が言った"それ"とは【外側から傷をつけることができないのなら、内側から破壊する】という意味なのだ。血しぶきが彼の顔にかかり、その血をダウンジャケットの袖で拭う。
「………獣臭いな。」
「殺ったんですの!!もう心配はないですのね!!」
「まあ、な。」
すると遠くから、雪賊が花菜を背負って走って来た。
「はあ………はぁあ……………えっ!?熊の首が無い!?」
「やっぱり………キャメロンは……………凄い……」
「これでよかろう。もう被害は出ないはずだ。」
「あ、ああ、ありがとうございますっ!!」
と、彼は深々とキャメロンにお辞儀して感謝の意を述べた。その彼らの後ろに、
「喜びを噛み締めている中にすまないが、少しお邪魔していいかな?」
キャメロン達と同じ船に乗っていた"あの"女性がいた。
「あっ!!あの時の人!!」
「やあ、また会ったな。御一行の討伐、ご苦労さまだ。」
と、彼女は小さな拍手をする。
「………貴様、何の用だ。」
「ああ、そんな怖い顔しなくてもいいよ。妾(わら)は"研究者"だ。何も君達には悪い施しをしないさ。」
彼女は熊の死骸に近付いて、何かを確認する、いや、探している。
「ふむ……………ここかな?」
指を差したのは熊の胃にあたるところ。彼女は手持ちの鞄からマチェットを取り出し、熊の腹部を切り裂いた。その中から出てきたのは………
「あった、あった、これだな?」
何か赤い水晶状の塊。それが死骸の胃の中にべったりと広がっていた。
キャメロンはそれに見覚えがあった。そう、あの時のヒジリがズボンのポケットに入れていた"赤く光ったもの"と似たようなもの。一応、彼は知らないフリをして、自称研究者に質問してみた。
「一体何だ、これは。」
「うむ………それはちょっと教えられないな。こちらは一般人にはこなせない依頼を任されているのでね。特に"コレ"に関してはな。」
彼女に話を濁された。だが、キャメロンは何かを察した。
(もしかしたらこの赤い宝石のようなものは、何か大きな組織が関係あるのか?それが何なのかは分からないが、少し調べてみる必要があるな。)
「おっと、君にはこれを渡しておこうか。妾の名刺だ。大事に取っておけば、何処かで役に立つのかもしれないぞ?それじゃあ、お先だ。」
彼女は鞄を持って、そそくさと彼らのいる場所から去って行った。キャメロンは貰った名刺をちらりと見てみた。
【行政直轄研究機関】ソロモンの知恵
名前:立終永遠(Towa Tachishima)
個人内線電話番号:32-0432-1571
自己紹介:主に機械を用いての作業が得意です。部下には基本甘いですが、大事なパソコンを壊されたら叱咤します。書類改竄や無断引用は許すまじ。
そして印刷されている顔が怖い。眉間に皺を寄せて、無理に笑顔を作っている。
(やはりそうだったか。道理で話を逸らされたかと思えば。一体何を調べているのだ?)
手を顎に当てて考えていると、花菜に袖を引っ張られた。前をむくと、既に水蓮と雪賊が先に街へと戻って行く。
「帰ろう………キャメロン……………」
「ああ、そうだな。」
使った道具を鞄に片付けて、ライフルから金属板を取り外し、持っているものを全てを袋に仕舞った。
この日、キャメロンは花菜と手を繋いで、雪賊の家に帰って行った。熊の死骸はそのままにして。
翌日の朝、雪賊が港まで見送って来た。報酬は組合宛に届けるので、二日経ったら確認して欲しいと彼は言う。
「もうお別れですか………少し寂しいですね。もうちょっと泊まって欲しかったな……………」
「貴様の要望には答えることはできない。俺達にはやるべき事が多いのでな。」
「そうですか………気が向いたら、また遊びに来てください。僕はいつでも大歓迎ですよ!!」
「ありがとう…………また来るね……」
「ほな達者でな!!」
「お体に気を付けるのですのよ!!」
キャメロン一行は船に乗り、定時に出港した。その船旅の間、キャメロンは展望デッキで何か考え事をしていた。
(何故にあの赤い宝石は熊の体内から見つかった?しかもヒジリが持っていたのと似たような物だった。あの女はその物体の正体を知っているようだが、俺達には言わなかった。まるで………"何か"が裏で動いているのを監視しているかのように。)
考えれば考えるほど、周りに何が起きているのか分からなくなってくる。
(それに………)
前者よりも気になったのは、船で聞こえた"あの"声であった。
(あの時は俺以外の誰も聞こえていなかった。俺だけ、俺だけが聞こえていた。しかも、どこかで聞いた事があるのだ。しかし誰だ?俺には以前に女の友人が居たとでも言いたいのか?全く分からん、全くだ。)
頭の中で"錆びた南京錠が鍵やピッキング用具で掻き乱される"感覚がする。何度も何度も思い出そうとしても誰が"そう"なのか分からないので、焦燥に駆られて、爪を噛みそうになる。
「一体誰なんだ………?」
心の声が漏れてしまった。自分が目覚めてから分からないことだらけ。異能力や生きる術、常識を兼ね備えている彼には"何か"が足りないのだ。考えれば考えるほど自分ではなくなる。
その時、誰かに袖を引っ張られた。後ろを振り向いてみると、そこにはオハナを抱えた花菜が居た。
「どうしたの………?何か……考え事…………?」
「何や!そん顔は!!」
「………はぁ?」
自分はどんなに馬鹿丸出しの顔をしていたのだろうか。情けない奴だと思ったのだろうか。言われたことに間抜けた声を出してしまった。
「別に何ともないが?」
「そうなの…………?なら……良かった………」
と、花菜に指を握られる。手が小さくて、あとは………何だ。暖かいって言うのか?
(……………やっぱりこの話に関しては暫くの間は忘れておこうか。いつか分かる、そんな気がするのだ。)
暖かい朝日がキャメロンの綺麗な蒼い目を照らした。