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Una isla muy fria

よく耳にする話だが、とある階級の人間が異常気象対策の設備を製造している企業に対して、このような発言をする。



【どれこれの異常気象や野生の獣が来るはずだったから、早めに予防措置ができたはずなのに!!】



正直に言わせてもらうが、たとえいくら予防措置やら武器を大量に準備するやら策を練っても、"人間は自然には勝てない"。私はそう断言できるのだ。
複数例の報道を挙げてみようじゃないか。そうすれば私が出した意見を半分は理解してもらえるだろう。
………"懐古主義者"(ここでは古い考えを持つ偏見馬鹿を指すとしよう)はどうなんだか。
例えば………"アノ"悲惨な大災害を覚えているだろうか。思い出したくないのなら思い出さなくていい。
とある地方で地震が起き、大津波が街まで押し寄せ、数千人をも超える死者を出した。
防波堤を設置しているにも関わらず、それに耐えきれずに人々を渦に巻き込んでいった。"予防措置"があったのに、だ。
もう一つの例を挙げてみよう。
おそらく、いや、誰もが知っている"とある"事件。そうだ、聞いただけでも山や森に入りたくなくなる"アノ"最悪の事件。
野生の獣が民家の家を襲い、数名の死者が出た。猟銃で対抗しようにも、下手すれば時間がかかって、いつの間にか住民が死んでいく。
我々人間が武器を持っても、相手は大きな鋭い爪を持っている。その爪だけでも死んでしまうのが人間である。
たとえ機械で災害を予想しようとも完璧には措置を施すことはできない。ましてや武器を持とうとして野生の巨大な力に太刀打ちするなど言語道断だ。
もし自然の力を軽い目で見るのであれば、あるいは【人間は自然に勝てる】と断言するのであれば─────次に"それら"が狙うのは貴様らになるのかもしれない。





早朝、コー・エクシステンシア大陸の整備された道路にて。旧式ガソリン車に乗っている四人の姿が見える。運転しているのはキャメロンである。

「運転が上手いですわね!!見習いましたわ!!」

「運転が手慣れしていることに褒める必要があるのか。これは"普通"のことではないか。」

「でも………十分……心地がいいから…………水蓮さんの………言う通り……」

「手袋を着けているから余計に熟練者に見えるんやで!!ヘイ!タクシィ!!」

「ふざけるな。俺をからかっているのか。」

「冗談が通じない男ですわね………」

燃料は十分にある。使っているのは石炭や石油などの空気汚染物質を排出する資源ではなく、大陸原産の【還元石】(学名:Joya Reduccion)という【酸素を二酸化炭素に還元し、その逆の性質をも持つ】、まさに環境に優しい石である。(何らかの石が独自の進化をしたようだが、詳細は不明)
そのため排出口は見当たらず、粉々になっても半永久的に使える。

「もうすぐ着くぞ。船場が見えてきた。」

彼女達は前を向くと、少し広い場所が見えてきた。そこには多くの車がきっちりと駐車されており、港ではまばらに人が見える。どうやら漁師や島民が並んで、船に乗り込もうとしている。

「少し寒いですわね………」

「あちらではもっと寒くなるぞ。」

「そうですわね!!早速、手袋をはめますわ!!」

彼女はそう言って、肩掛け鞄から桃色のモコモコな手袋を出した。飾りには綿毛のような白色の羊毛が付いている。
実は全員揃って、狐の毛を使ったフードの付いた白色のダウンジャケットを着ている。普段から着物を着ているキャメロンは水蓮がしつこく指摘してきたせいで仕方なく脱いで、シャツとズボンだけの姿になったのである。

「荷物はちゃんと持ってきていますわよね?」

「ああ、花菜達の分も持ってきている。依頼書も勿論だ。」

彼はそう言って、背負っている黒色の大きなリュックサックを見せつける。

「それでは早速、船に乗り込みますわよ!!」

「アンタが先導役かいな………」

「遠足に行くわけではないのだぞ。」

「水蓮さん………楽しそう……」

船場に行くと、霧で見えなかった船が露わになる。大きな帆に鉄の船舶。島と大陸を行き来するのには似つかわしくないようにも見えるが、基本的にはこの大陸で活用される型である。
金属色が剥き出しで、敵艦と思わせてしまうのも無理もない。
中に入るとその船の外見とは全く異なり、質素な壁紙や床、家具が設置されている。
また、部屋も複数別れているがそこまで多くはない。

「意外と普通だな。もう少し汚いのかと思っていたのだが。」

「本当に余計なことしか言わないですのね………」

「早く………お部屋に……行こう…………!」

廻って行くと、部屋には複数のテーブル席がずらりと並んでいる。できるだけ人の少ない所で話したいと思ったキャメロンは端の部屋を選んだ。
そこには、おかっぱ頭で白衣を着た女性が一人で何かを考えていた。扇子の先を顎につんつんと叩く。
水蓮がその人に声をかけてみた。

「あの………」

「??」

「そちらの部屋にお邪魔してもよろしいでしょうか………?」

「ああ、一行に構わんよ。好きなだけ騒がしくいてくれ。」

その女性の声はとても低音で中性的だった。同性であっても惚れてしまいそうだ。

「ありがとうございます!!」

キャメロン達は女性の席の少し離れたテーブル席に座った。水蓮は昨日買った数冊の円本を読み漁り始め、花菜はオハナとおしゃべりをする。
一方、キャメロンに関しては───また手紙の内容を読み返している。



【こんにちは、組合員の皆さん。フリーヨ諸島に住んでいる雪賊と申します。
皆さんにお願いしたいことがございます。
数十年前から島の奥の森から野生の熊が街を荒らしに来て、食料を漁ったり建物を壊したりしています。
猟師達は必死にその熊を猟銃で殺そうとしますが、何せその獣の身体は大きく、いくら発砲してもびくともしません。
そのせいで、街の古参猟師達の中の数人はその巨大熊に襲われて死んでいきました。
それからというものの、街に城壁や鉄の門戸を設置して対抗してはいますが、いつその"盾"が破壊されるか分かりません。
住民達は毎日それに怯えて暮らし、眠りに就けない職人も多数出てきています。
このままだと島唯一の商業都市が衰退してしまい、街の賑わいや人々の幸せが消えてしまいます。
組合員の皆さん、どうか私に力を貸してください。お願いします。
依頼を受けてくださいました暁には、私の家で宿泊や食事を施させていただきます。
また、フリーヨ島は平均気温が0度も満たない環境ですので、ご来島の際は防寒対策として厚着や懐炉をご持参ください。

追記:森に入るためには許可証が必要なので、あらかじめ手紙と同封させていただきました。】



「また見ているんですの!?飽きないですわね!!」

「別に好きで読んでいるわけではないが。ただ確認していただけだ。貴様こそ何を読んでいる。」

「これですの?」

と、少々古びれた小説を見せてきた。題名には『言語概念の武器化』と書いている。しかし、その下には筆者の名前は掠れているようで、読めるのは【真】だけである。これだけだと性別が分からない。

「この本が売れ残っていたので、どういう内容か読んでみましたの。この方はとても"論理的"で"正論を突く"ところは突いていますけど………評論というよりも詩に近い文章ですわね。随筆、なのでしょうか?」

「評論であるのに詩だと。珍しい小説家がおるもんだ。」

キャメロンは水蓮の買ってきた小説の題名をちらりと見てみる。『実験の恩恵』、『戦争が生み出す技術の発展』という二冊の本。何だか頭のおかしそうな人に見えるが、どういう人物が書いたのかが気になる。
『実験の恩恵』を手に取って、パラパラとページをめくってみる。
とある文章に目が留まった。



【実験を忌み嫌う者達に告ぐ。私は二度も実験台にされた人間である。私が被験者になったおかげで発展した治療法があるのだ。もし実験が嫌だの怖いだの言うのであれば、今までの実験は無駄だったと言うのと同じである。要するに貴様らは"生を願わずして滅びを待つこそが尤もだ"と言いたいらしいな?馬鹿馬鹿しい。だったらもし病気が発見されても手術を受けるな!!爪を齧りながら死を待つが良いよ!!】



その刹那─────

『………え…………ま………だ!……か…………で……け!!』

女性の声が雑音のようにキャメロンの頭の中に響いた。彼は周りを見るが、誰もその声は聞こえていないようだ。
彼は何事も無かったかのように振る舞おうとした。

「………男が書く文章だな。」

「文で性別を断定するのは駄目ですわ!!砕けた口調の女性さえいますのに!!」

水蓮がオハナの方に指を差す。オハナが「えっ」と小さな驚きを見せる。

「まさか水蓮がウチを女の子として見ているとは知らんかった………」

「だって女性の声をしているんじゃないですの!!」

「もしかしたらそれは加工された声なのかもしれないのだが。こやつは自分のことを妖精だと名乗っているからな。」

「一言余計やな!!そんな面倒いことせんわ!!」

オハナはキャメロンの煽りで怒りを見せているようだが、ぬいぐるみの見た目からか、ただただ腕をジタバタさせているようにしか見えない。
その後ろ、おかっぱ頭の女性はちらりとキャメロンの方へ向いて、目を大きく見開いた。

(妖精、だと………?あの時に滅んだと聞いたはずだが?そんなまさかな………気のせいだろう。)

彼女は途中で止めていた考えごとを再び始めた。
その時、煙突からぼぉーという音が鳴った。花菜が窓の方へ駆け寄る。外では厚い霧がかかっているが、奥にポツリと何かが見える。

「島が………見えてきたよ……!」

彼はぴょんぴょんと跳んで、目をキラキラさせる。キャメロンは席を立って、花菜の傍に来て、一緒に窓の外を覗く。
船が徐々に島に近づいて行き、霧が裂けていく。少し晴れたその先には、雪に覆われた山とその周りに生い茂る森林、その港近くには壁で覆われた街が見える。壁の中から突き出している鋭く長い屋根は教会なのだろうか。

「この島が、フリーヨ諸島の本島か。」

その地域だけが年中雪が降る。時々曇りはあるが、天気のほとんどが占めるのは雪のみ。快晴は五年に一回であろう。
船がゆっくりと港に停泊する。船客は荷物を運ぶ準備をして、出口へと並んで行く。

「それでは旅人よ、お先だ。」

おかっぱ頭の女性は黒い革鞄を持って、キャメロン達の方へ手を振り、船から降りて行った。

「俺達も行くぞ。依頼人が待っているからな。」

「ええ!!頑張りますわ!!」

四人は船から出ると、外は肌が瞬時に冷えるほど寒かった。日がほとんど雲で覆われているためか、夜のようで、街は街灯の明かりで煌びやかに輝く。
雪はちらちらと降り、地面は真っ白で、準備してきた長靴でサクサクと音を立てる。
港では多くの人達が、誰かの名前を書いた板を持って待っていた。
その中に一人の少年が【キャメロン御一行様】と書かれた板を手にしていた。
ベーグル髪水眼で、顔で判断すると幼そうに見える。短髪に白のロシア帽と服は藍色のアノラックを着ている。
それに気づいたキャメロンはすぐさま彼に駆け寄って、こう言った。

「貴様が依頼人の"雪賊"(セツゾク)か。」

「はい、お待ちしておりました。こちらに付いてきてください。僕の家までご案内します。ご挨拶はそれからです。」

雪賊はキャメロン達を引き連れて、壁の内側に入って行く。煉瓦造りや木造の家が建ち並び、店のショーウィンドウから見えるのは天然素材を使用した武器や装備、反対側には魚や生肉を販売している露店が見える。
活気づいた雰囲気はあまり感じないが、それは職人や店員の目に隈ができて、消極的な印象を与えているのだろう。
数十分で街の端近くまでやって来た。人の行き来が少なく、猟銃を持った男達が空樽に座って、煙草を嗜みながら武器を磨いている。

「僕の住んでいる区画は子どもが少ないんです。それに中心街からは外れていますので活気と言いますか、緊張感を感じられます。そう思いませんか?」

雪賊がそうポツリと言った。

「確かにそうだな。物騒な感じはしないが、嬉々を感じることも無い。」

「誰も外に出たくないのですのね………」

「いえ、この周辺に住んでいるのはほとんどが猟師ですから。端的に言えば、おじさんだらけです。」

「流石に端的にも程があるやろ………」

「はは………」

話しているうちに彼の家に着いてしまった。煉瓦造りの小さな家だが、二階にも部屋がある。

「どうぞ。」

「ではお邪魔しますわ!!」

そう言われて彼の家に入ってみると───奥に暖炉があり、火がパチパチと音を鳴らしている。家具はほとんど置いておらず、キッチンとテーブル席、何かを入れる棚、ソファ、あと………壁に飾っている猟銃だけ。

「二階への階段はこちらです。どうぞ。」

と、上の階へと案内される。どうやら三部屋に分けられている。

「実は二部屋についてなんですが………元々、祖父母と父母の部屋だったんです。父と母は島の外で事故に遭い、祖母は痴呆と衰弱死で、祖父は─────」

と、言いかけたのだが、

「祖父については後で話します。」

言葉を濁して、それぞれの部屋のドアを開けた。

「お好きな部屋を選んでください。男女別々でもいいですし、好きな人と一緒にn」

「べ、別々ですわ!!花菜!オハナ!!一緒の部屋で寝ますわよ!!」

「うん……いいよ………でも………何で…………?」

「り、理由なんてないですわ!?ささ!!部屋に行きますわよ!!」

「………?」

水蓮が花菜の腕を引っ張って、左の部屋へと入った。そしてキャメロンだけが右の部屋に行く。





二時間が経つ。左の部屋では水蓮達が雑談をしており、隣の部屋にいるキャメロンが聞こえるほど大きな声を出していた。
一方、彼はもちろんのこと、メディジェイトの手入れを慎重に行なっていた。銃はあの事件以来に形質変化しておらず、ラベンダーの刻印がなされたままである。

「ふむ、どの金属板を使うか。相手が巨大な熊だということは分かるが、それ以外の情報が開示されていない。ならば………」

と、リュックサックから少し歪な赤茶けた板を二枚取り出した。

「まだ"磨かれていなかった"のか。仕方ない、夕食後に手を加えるか。」

遊底の装填部分から少し角が溶けている金属板を取り出して、それを木箱に仕舞った。
その時、ドアを叩く音がした。

「誰だ。」

「僕です。夕食の用意ができました。」

「今行くぞ。」

返事をしてすぐに部屋から出て行った。
階段を降りると、席には既に水蓮と花菜とオハナが。
テーブルには鹿の肉を使ったシチューと一口サイズに切られたフランスパンが皿に盛られている。
キャメロンが席に着くと、

「もう!遅いですわよ!!お腹すきましたわ!!」

水蓮が頬をぷくーっと膨らませて待っていた。

「貴様は大食いか。見た目とは裏腹な奴だな。」

「な"っ!?ほんっとに失礼ですわね!!ほら!お夕食が冷めますわよ!!」

「はは………では、皆さん。どうぞ、召し上がってください。」

「いただきますわ!!」

「………いただきます……」

と、水蓮や花菜、オハナが目の前の料理に手を出そうとした時、

「雪賊、少し良いか。」

キャメロンがそれを遮った。彼女らの手が止まる。

「はい?」

「数時間前に言いかけていた"祖父の話"を聞きたいのだが。」

「ああ、そうですか………」

「貴様らは先に食べていろ。」

「いや!?キャメロンのせいでその話が気になるじゃないですの!!いいですわ!話を聞こうじゃありませんの!!」

「じゃあ………僕は……先に………食べておくね…………」

「あっ、わざわざありがとうございます………ではお話しますね。」





僕が十歳の頃でした。三年前に父と母は島の外で、正確に言うと、発展都市圏に起きた火災事故で亡くなりました。それで祖父母が暮らしている、このフリーヨ島に来ました。
祖母は娘(僕の母のことです)が事故で亡くなったのを機に、認知症を患い、寝たきり状態になってしまいました。介護は僕と祖父とで一緒に協力しました。
食べることすらできなくなった祖母は徐々に身体が痩せてきて、もう自分としては家族が苦しむのを見たくもありませんでした。
そんなことが起きて一ヶ月のことでした。森の奥から巨大な熊が街の方へ突っ込んで来て、市場を荒らしては人を噛みちぎったり、大きな爪で建物を壊して………それはもう、目や口を開いたまま死んでいる人もいれば、腸(はらわた)が飛び出て涎を垂らしていた人もいました。地獄ですよ?想像できませんよね?


『おじいちゃん!行っちゃダメだよ!!食べられちゃうよ!!』

雪賊が祖父の服袖を強く引っ張るが、彼が幼いからなのか、祖父の力が強いのか、逆に引っ張られる。

『儂はこの街を守らんといかんばい。猟友会(わしら)が行かんで誰が行くんけぇ?儂は行く!!』

『でも………!でも!!』

彼は涙を流して"祖父の生存"をせがむ。

『せっちゃん!!』

『!?』

祖父に両肩を鷲掴みにされる。彼は鼻水をダラダラと垂れ流し、ひっひっと嗚咽を我慢しながら見つめる。

『男ならシャキッとせんかぁ!!せっちゃんさえ………生きておったら……!わしゃあ、悔いはねえべ!!』

祖父が雪賊の手をゆっくりと下げる。

『婆さんは任したぞ。』

と、だけ言い残して、猟銃を持って家から出て行ってしまった。
彼はもちろん祖父の後を追いかけたいとは思っていたが、祖母を任せられたからには外に出ることはできない。
ただただ、帰ってくるのを待っていた、鼻水も涙も拭って。
すると、外で誰かが叫んでいる声が聞こえた。

『猟友会の奴らが圧されてる!!誰か援護に向かえ!!』

『!!』

思わず外に飛び出してしまった。自分の祖父は無事なのかと募りながら必死に走った。探して、探して、探して………
そして中心部まで来てやっと見つけたのが───大きな黒い熊が人を牙で突き刺して、丸呑みしようとしていたところ。
その光景に圧倒され、腰が抜けてしまう。熊は彼に気づき、赤い目で見つめる。

(耐えろ!耐えろ!!雪賊!!お前は男なんだろ!!こんな熊なんて怖くないはずだ!!)

と、自分に言い聞かせてながらも歯ぎしりをする。本当は怖いが、ここで男を見せないとせっかく祖父が自分を生かしてくれたことに意味が無くなる。
熊の方へ彼の小さな人差し指を向ける。

『お、お前なんか、こ、ここ、怖くないぞ!!』

口ではそのように言っているが、膝が若干震えていて立てない状態である。
すると、

『◾◾◾◾◾───!!』

熊が彼の声に反応して、どこか悲鳴に近いような雄叫びを上げた。"何か言語を話している"ようにも聞こえた。
黒い大毛玉がこちらに突進しようとする。大きな鋭い爪が彼を襲おうとする。

『ああああああああぁぁぁ!!』

自分は馬鹿なことをしたせいで死ぬんだと、そう心の中で責めるが、反対に何で今更自分を責めているんだと、もはや混乱している。
その刹那─────


ドスッ!!


何か鋭利な刃物がどこかに刺さる音がした。
彼はすぐさま自分の身体に爪が刺さっていないかを見るが、血の一滴も見当たらない。まさか、と顔を見上げると……………

『自然を侮るな。でなければそのn倍、いや、n²倍返って来る。』

白衣を着た、三つ編みポニーテールの水髪赤眼、顔の濃い女性(おそらく黒人なのだろう)が、アイスピックで熊の頸動脈を刺していた。

『◾◾◾◾ ◾◾ ◾◾───!!』

熊はその強烈な痛みに耐えきれないのか、ジタバタと身体を振るが、刺されたところが紫色の痣になり、徐々に範囲を広げて皮膚を腐食させていく。

『トドメを刺す!!』

獣臭い血で塗れたアイスピックを力いっぱい刺そうとする………が、

『◾◾◾ ◾ ◾◾───!!』

熊が首を大きく振って、女性を蹴落とした。そして森の方へと帰って行った。

『ああ……あああ……………』

『少年よ、大丈夫か?かなり青ざめているが。』

女性は自分の手を彼に差し伸べる。

『あっ………大丈夫です……ありがとうございます…………』

ようやく立ち上がることができ、周囲を見渡すとあちこちに物や死体などが散乱している。

『少年よ、人間が自然を過信すると"こうなる"のだ。』

『えっ?』

『木を伐採しすぎても空気は汚染し、野生動物を保護しすぎても獣が家族を連れて街を襲うわけだ。その反対も同じだ。』

『はあ、よく分からないですけど。』

『………世界を理解するのには少し早すぎたようだな。いずれ分かる事だ。』

と、桃色のハンカチでアイスピックを拭きながらそう言った。

『それでは我はここから立ち去ることにしよう。長くは居られない。それじゃあ少年よ、またどこかで。』


その後は祖父の遺体を見つけて、他の猟友会の遺体と一緒に火葬してもらいました。もう心が空っぽで、何も考えたくなかったですよ。
そりゃもう家に帰って、寝て、何もかも忘れたかったですよ。
次の日に祖母の介護を忘れていたことを思い出して、彼女の入って腕を触ろうとしたんですよ。
………もう冷たくなっていました。
祖父がそんなにも好きだったんでしょうね。後を追ってなくなりました。
もう何でしょう………訳が分からなくなっていました。





「話が長くなりましたが、ざっと言えばこんなもんです。」

「だから猟銃が壁に掛けてあるのだな。」

「ええ、祖父自慢の武器ですよ。今度は僕が使う番です。」

と、壁の古びた長銃を見つめてそう言った。
話が終わった時には花菜は食べ終わっていて、眠たそうにこくりこくりと首を振る。

「………夕飯、冷めちゃいましたね。温めましょうか。」

「い、いえ!大丈夫ですわよ!!これぐらいが丁度いいですし!!」

「ああ、そうだな。俺は部屋で食べるぞ。やらなければならないことがあるからな。」

「あっ!ちょっと!!先に食べるんですのよ!!」



買ってきたヤスリで赤い金属板の凸凹を平らにしていく。1mmもズレを出さない。片目を瞑って、厚さを調整する。この二枚目で作業は終わりなのである。あとは装填するだけだ。

「……………」

先程の雪賊の話に出ていた女性の発言が気になる。彼女の言っていたことはかなり合点がいく。
自然を"甘く見るな"、その先に待つのは破滅である。

(その女以外にも誰かが言ったような気もするが………覚えてないな。まあいい。)

遊底の装填部分に金属板をはめ込ませて、引き金をそっと引いた。

しおり