Montania de nieve
一週間前のこと。フリーヨ諸島の氷山に"とある"一行が任務を遂行するために登山していた。
山は島の住人によって道がきちんと整備されており、柵も頂上まで設けられていた。
『おーい!!お前らぁ!大丈夫か!!』
『ああ!!こっちは大丈夫さ!!ただ、坂が急で手間取っているだけだ!!』
登山杖に強い力を入れて、雪の積もった道を登る。実は、この登山者一行は行政本部の研究者達で、この山の洞窟内を調査するために派遣されたのだ。
『しっかし、"あの"人がこの山を調べろって、一体何がその気にさせたんだ?』
『どうやら風の噂で聞いた情報に興味を湧いたらしいぜ?洞窟内に大昔の文明の痕跡があるとか無いとか。』
『へえー、それは本当なのかよ?』
『さあな、この目で見ないと分からないもんだ。』
隊長らしき男性が細目で山の頂点に顔を向ける。あともう少しで彼処に着く。気を抜いていられない。
その瞬間─────彼らの歩いている道が急に崩れ始めた。
『な、何だぁ!?』
『お前ら!下がれぇ!!』
『うわあああああああ!!』
(ど、どういう事だ!?こんなにも整備された道が一気に崩れるなんて!?そんな馬鹿な!!)
仲間がどんどん落下していく。その顔は全員「死にたくない!」と訴えていて、頭の中に残ってしまう。自分も落ちてしまったら元も子もない。とにかく必死に岩の出っ張り部分を掴んで、自分だけでも生きないと誰があの人に報告できるのか。恐怖を顔に貼り付けながら登って行く。
(あ、あともう少しでっ………!!)
その時、上から─────
「えっ………」
大きな岩が降ってきて、そこから意識が無くなった。
妾は行政直轄研究機関で働いている研究者もとい───刑事に似たような仕事も兼ねている。
実は数日前に行政本部から緊急依頼が入った。すぐに調べて解決して欲しいとのことである。
そこで、長年危険な仕事に務めてきた妾をその場所に派遣しろとの事だ。
本来なら妾の部下や新入りに任せようかと思ったが、行政のト………いや、出世した同僚がどうしてもと言うので赴かざるを得なかった。
ここに手紙があるから読んでみる。依頼については以下の通りに書かれていたのだ。
【Seniorita Towa:
Me dirijo a usted deseandole exitos en sus actividades diarias.
Es un placer comunicarle que el jefe administrativo del area de investigacion la ha designado para que dirija la investigacion encaminada a encontrar los 5 investigadores que se desaparecieron en la isla "Frio" ubicada en el continente Coexistencia. Dichos investigadores se encontraban excavando unas cuevas al momento de su desaparicion.】
簡単に要約すると、「遭難した研究者一行を探すのを兼ねて氷山の調査をしろ」と言うわけだ。
正直に言うと、まだ終わらせていない作業があって放置することはできないのだが、まあ仕方ないさ。
都市圏に点在する研究所からコー・エクシステンシア大陸領のフリーヨ諸島までは二時間もかかる。二回も乗り換えるとか、交通費を何だと思っているんだろうね。
黒革の鞄にお気に入りの扇子や大事な書類が入っているファイル、身分証明書、名刺を入れてきたが、弁当は必要ないと思い、持ってこなかった。
こんなに長旅になるのであれば朝早くから作っておけば良かったものの、この世界の大陸位置を甘く見ていた。妾は地理が苦手なのだ。パソコンならばいくらでも操作は分かるがな?
まあそれで、フリーヨ諸島に向かう船の中で依頼について考えていたのだ。
(もし妾の間違いでなければ、少なくとも一人は生きているはずだ。それとも気象条件が重なれば、全員死亡という可能性も視野に入れなければならない。)
彼女は手持ちの扇子を顎に押し付けていた。よく分からないことがあると、この癖がつい出てしまうのだ。
「あの………」
彼女は声のする方に顔を振り向けた。そこにいたのは美人なエルフで、彼女の後ろには白髪のイケメンな男性とぬいぐるみを持った男の子がいた。
「??」
(何の用なんだろうか?)
「そちらの部屋にお邪魔してもよろしいでしょうか………?」
(なあんだ、そういう事か。)
「ああ、一行に構わんよ。好きなだけ騒がしくいてくれ。」
「ありがとうございます!!」
(こういう礼儀正しい後輩がいたら、どれだけ研究生活が充実しただろうね………"あんな"子を拾っちゃったからな………仕方ないさ。)
小さなため息を吐いて、鞄からファイルを取り出した。ファイルの書類には全て、この世界の全大陸のデータが書かれている。何故こんなにも重要な書類を彼女が持ち出しているのかというと、彼女が言ったように"地理が苦手"。要するに方向音痴で土地勘が鈍いのだ。
論文の題名には『コー・エクシステンシア大陸内の文化断裂』、『モデルナ大陸の世紀差異』、『デセスペランサ大陸の傀儡政府~洗脳支配の恐怖~』と見ただけで何とも難しい内容を彷彿とさせる。
(これは全てまだ完成させていないんだよな………こんなに仕事が溜まっているのに、あいつと来たら本当にもう!!)
同僚の顔をふと思い出すと少し苛立ってきた。彼女は仕事に関しては、どうしても最後まで完璧に終わらせたい"完璧主義者"なのだ。
「だって女性の声をしているんじゃないですの!!」
「もしかしたらそれは加工された声なのかもしれないのだが。こやつは自分のことを妖精だと名乗っているからな。」
「一言余計やな!!そんな面倒いことせんわ!!」
(ん?妖精、だと………?確か………あの時に滅んだと聞いたはずだが?そんなまさかな………気のせいだろう。妾の思い違いだ、うん。)
書類に目を通して、誤字脱字が無いかを確認する。これは行政のトップに出すわけだから、一文字違えばクビになるかもしれない。とはいえ、"その"人が本当に厳しいとは限らない。
(うむ、完璧だ!あとの分は研究所に帰ってから急いで終わらせておこう。)
書類に目を通しているうちに島に着いたようだ。船がボーっと鳴っている。
窓際に少年と青年が景色を眺めていて、彼女は微笑ましいと思った。
(まるで兄弟みたいだな。もしかしたら本当にそうなのかもしれない。)
鞄に書類を片付けて、船を出る準備をした。時計の針を確認して、廊下の壁に飾られている鏡で髪の毛を整える。
船からすぐ出られるように出入口付近の椅子に座って待機した。
すると先ほど彼女が出てきた部屋からも、あの一行がうるさく話しながら出てくる。
外からは船が木製の何かにぶつかる音が聞こえた。やっと着いた。この調査のために何円使っていることか。しかも自費である。
(後で本部に直接言いに行こうかね?向こうからの支援がないとこっちは給料が減るだけだしな。)
「それでは旅人よ、お先だ。」
あの一行に挨拶をして外に出てみると、一面が銀世界でとてつもなく寒かった。彼女の住んでいる場所は基本的に年中暖かいため、こういう寒い場所は慣れない。
それに─────
「マフラーしか持ってきてないな。それに上着が白衣だけだと本当に寒い!!何でコートを持ってこなかったんだ!?あー………まさか研究所の玄関に置いたままか………やっちゃったな………」
薄着のままで来てしまったのである。しかし、彼女は「動きやすいからそのままで良いか!!」と自分に言い聞かせたのである。
街並みを見渡しながら早歩きで門の方へと向かう。
(噂で聞いていたのと同じ状況か。退治してあげたいが、行政本部の依頼を先におわらせておかないとアイツはうるさいからな………)
徒歩で二十分かけて森への門に向かう。門番には自分の証明書と緊急依頼の封筒を見せて通してもらう。門を開けてもらった先には雪に覆われた林と大岩がそびえ立つ。
ブーツを履いていないため、雪が水になって黒いタイツに染み込んでいく。
「あっちゃー………準備を疎かにしたからこうなっちゃったな……………よーし。」
ローファーを脱いで、雪道を駆け抜けて、穴の小さい洞窟まで一気に走る。
「ふあぁあ〜っ!!!!」
想像以上の冷たさで変な声が出てしまった。それに感覚が麻痺している。
松明はないので、手持ちの旧式携帯端末(スマートフォンのこと)のライトで洞窟内を灯す。
「何だ、結構広いじゃないか。」
声が響き、天井も結構高く、道が二つに分かれている。左側を覗いてみるとどうやら行き止まりである。右側を覗くと、道が続いている。その先を歩いてみると、奥にも広く空いた場所が。
すると─────
「だっ、誰だぁ!!」
男性の声が響いた。どこかの隅にいるはず。ライトを周りに翳して見ると………
「お、お前!!まさか登山に向かった研究者か!?生きていたか!!」
「あぁ!!と、永遠部長!!助けに来てくださいましたか!!」
ボロボロの登山服を着た男性は左腕を右腕で支えていて、何だか痛そうであった。
「大丈夫か?」
「あーっ………山から落ちた時に腕を折っちゃいました。」
「詳しい話を聞かせてくれ。」
「そうですね………」
依頼にも書いてあったと思いますが、完璧に整備されていた坂道が急に崩れたんです。しかも、"俺たちがいた場所"をごっそりとですよ?
まるで俺たちがここに来るのを知っていた上で、監視をして、隙を狙って襲ってきたんじゃないのか、と。
俺以外の奴らは地面に落ちてから何処にいるのか分からないです。
俺はこの通り、落石を避けようとしたのですが、左腕にぶつかってきて、その反動で身体が引っ張られて落ちてきました。
とりあえず、この島に噂の熊が彷徨っていると聞いていたので、近くの洞窟に避難しました。
それで今の状況です。こうして永遠部長と会えました。
「他の奴らはもう間に合わないってことか。」
「………はい。」
「仕方ないさ。お前が生きているだけでも助かる。」
できるだけ責めたくなかった。「自分だけが生き残ったからそれは罪だ。俺も死んでおこう。」とか、いつの時代の何処かの国の"キチガイな固定観念"なんだ。
「それで、永遠部長はこれからどうするんです?」
「頂上の洞窟に行く。」
「えっ、あの道は崩れてますよ!!それに永遠部長、軽装じゃないですか!!」
「な、何とかなるさ!!それに妾は一度行くと決めたら行くんでね。この街の住人に救助してもらうように手配しておく。」
スマホで本部にメールを送信し、その返信の内容を読んでから立ち上がった。
「じゃあ、また後でお見舞いに行くからな!!」
洞窟内にぺちぺちと水が飛び跳ねる音が聞こえた。
「部長………大丈夫かな……………何も起きないといいが……」
流石の部下も(いつも通りの)彼女の行動には心配になってしまうのであった。
大きく裏手を廻ると、滑らかな石段が上まで続いていて、スギノキ林が沢山囲んでいる。上っていくと徐々に周りが暗くなり、見上げると先程までの大空は見えなくなってしまった。
左右に見回してみると、数個の色んな光がこちらを覗いている。野生の獣だ。しかし、こちらを襲って来ない。
上っているうちに、目先に拓けた場所が。そこは雪の積もった坂道で、ローファーを履き直した今の永遠にとっては雪道はもう懲り懲りであった。
「あ〜!またか!?もう………」
また靴を脱いで雪道を素早く駆けようと思ったが、部下の言っていたことを思い出し、ゆっくり歩くことにした。
徐々に坂道が急になっていく。流石の永遠もその足では限界であろう。
「あ、足がぁ………重くなってきたぁ……………はあ……」
すると、前の方にあの崩れた道が現れた。覗いてみると、"綺麗に"分断されている。
「言ってた通りだな。おかしい………どうしてこんなにも綺麗に切れる?いや、まさか……………"斬れる"?」
その瞬間─────
シュンッ!!
上から斬撃が永遠の左側に落ちた。
「はあっ!?」
彼女は切断された道の端にいたので、割れる音と共に落下しそうになる。だが………
「そうはさせるか!!」
瞬時に目先の道に飛び移る。しかし、その斬撃はしつこく彼女を追いかけて来る。
斬撃は撃つ度に大きくなっていき、彼女の後ろの道がどんどん崩れていく。
もう頂上まで突き進むしかない。お気に入りの扇を取り出し、鞄とローファーをしっかりと握りしめた。
扇を開くと、黒の背景に赤のなだらかな波線が数本散らばって描かれている。
それを大きく左右に振って───
「【強風】(ヴィエント・フエルテ)!!!!」
風を操って落下を防ぎ、一気に上へ向かう。だが、それでも上から岩が斬撃によって落ちてくる。扇を上に翳して、それを強く仰いだ。
「しつこいぞ!!」
上空に黒い影が見える。やはり誰かが"意図的に"攻撃を仕掛けている。
(何のために妾達を攻撃する!?まさか調査の横取りか!?)
強風が雑に彼女を頂上の地面に降ろす。そのせいで顔から地面の雪にぶつかった。
「もふふこししんみみなれ………」(くぐもった声:もう少し親身になれ………)
放り出されてからすぐに立ち上がって、先の洞窟に向かうのだが、また斬撃が彼女を狙ってくる。
(もし調査の妨害であれば、ここに祀られている"概念"神か、それとも─────)
ギリギリ洞窟の中まで屈み滑り込んだ。さっきの洞窟よりも更に暗いので、ライトを最大まで上げる。
地面を照らすと、何らかの獣の骨や木の枝が無数に散らばっており、その中に文字が彫られている部分がある。
【Mira hacia arriba.】(上を見ろ。)
その言葉通りに顔を上に向けると─────
「何だ………?これは………?」
彼女は大きく目を見開いて、その天井を凝視した。そこには旧主要国言語である"英語"で彫られた文章が。
「噂の通り、古代文明の痕跡が書かれている………!?」
その文章には以下の通りに記録されている。
【You don't know me but I know you.
Because………ah, I don't tell you. I think that it is careless of you not to know the "TRUTH". Do you know that "YOU DECEIVE" each other? I don't tell you what it is yet. You understand it soon.】
(貴方達は私を知らないけど、私は貴方達を知っている。なぜなら………やっぱり言うの止めとこ。君達は事実を知らないから呑気で居られると思うけど、自分達が騙し騙され合っていることを知らないのかな?何のことかは今は教えてあげない。後で君達自身が気づくことだから。)
「はあ?まさかこれだけなのか?」
と、スマホのライトを周りに翳すと、まだ何かが書かれているようだ。
【Do you really say something right?】(貴方は本当に正しいことを言っているの?)
【Nobody is perfect.】(人に神は存在せず。)
【Sin isn't disappear from the world.】(原罪は未だ世の残骸)
【The TRUTH is in "nuclear".】(真実は"核"にあり。)
【You don't know YOURSELF.】(お前は自分を知らないのだ。)
「文明の痕跡というよりは吟遊詩人が当時の世間を比喩したのか?いや、おかしい。それなら何故に一部の文章が読み手に対して答えを求めているんだ?」
彫り具合を確認すると結構前に彫られたようだ。何年前なのかは彼女がじっくり調査しないといけないのだが、今日は緊急依頼なので報告の方が大事である。
永遠はカメラ機能とライトを使って、その痕跡をアルバムに収める。
「あらまあ、こんな所に研究員が居るのね。ふふっ。」
「!?」
後ろに振り向くと、そこにはあの【傀儡政府】のソフィアがいた。しかも彼女の右手には、柄が小さな宝石で散りばめられている大振りの剣が握られていた。
「お前はソフィア!?まさか研究員を襲ったのはお前か!!」
「うふふ、何のことかしら?」
「とぼけるな!!その大剣が証拠じゃないか!!」
「でもどこにも"私が攻撃した証拠"なんてないじゃない。」
左手で口を覆って、くすくすと笑う。何をはぐらかそうとしているのか。
「お前な、自分が政治家だからといって何でもしても良いと思っているのか。だから妾は政治関係者は信用出来ない。」
「別に信頼されたくてこのような"茶番"をしている訳じゃないのよ?ふふっ。」
「お前のせいで何人死んだと思っているんだ!!」
「ふふっ、だから私は何もしてないわよ?」
「くっ………!!」
【傀儡政府】の党員はいつもそうだ。自分達が優位に立つためなら、暗殺も容易い奴らなのだ。
「ここで妾と戦いたいのか?」
「今日はしないわよ、"今日"だけはね。」
「じゃあ何をしにここへ来たんだ!!」
「暇だったからに決まってるじゃない。暇つぶしに散歩していたのよ。それで"たまたま"ここを通っただけよ?悪いかしら?」
「嘘つけ!!」
「あら、やけに苛立っているようね。まあいいわ。今日はこれだけだから。」
と、ソフィアが呆れた声でそう言って、洞窟から立ち去ろうとする。
「おい待て!!」
「今度会った時は───容赦なく斬り殺してあげる。」
戦慄を覚えさせる鋭い眼光がこちらを睨みつけて、"悪名高い政治家"は本部へと帰って行った。
「………今日はここで寝泊まりするか。」
寝袋やレジャーシートも無いため、そのままふて寝することになるが、それは仕方の無いことだ。
ここで追加として説明するが、彼女はこの島に来る前に職場で深夜まで研究していたので準備不足になってしまったのだ。
タイツだけだと肌寒いので、ローファーを履いて、白衣のボタンを全て閉めた。
「枕もないから寝返りが心配だな。少しでも動きを抑えるなら、背中を岩壁に寄せておこう。」
背中を壁に受け止めてもらって、地面に寝転がってみた。眠気はまだないが、目を瞑ったら寝落ちするかもしれない。
「おやすみ………」
寝ぼけ半目で覚ましてみると、目の前に髪の白い少女が見えた。顔はぼやけて見えないが、何やら永遠に微笑みかけているように見える。
永遠は彼女の膝の上に頭を置いて寝ていて、彼女に頭を撫でられている。
頭を動かして寝ぼけ目で周りを見てみると、目の前すぐには綺麗なお花畑、奥にはこの花畑を囲んでいる美しい山脈が。
そして少女の顔の方へ向けると、大きな木が弱い風でゆらゆら靡く。
(誰なんだ………?知り合いにこんな人はいない………それに……………)
少女の膝の上に頭を置いている感覚がない。要するに夢なのだが、やけに現実味が帯びているような雰囲気を感じる。
そのように悩んでいると、
「もう少し、寝てもいいよ。」
少女が優しい声で永遠に言った。何だか自分の母親みたいだ。
「大丈夫、私が見守っているから。"まだ"寝ていてもいいよ。」
知らない人なのに安心感がある。身を委ねてもいいと思える。目を瞑って深い眠りに就いた………
のだが、銃声の音で目が覚める。びっくりして頭を後ろの岩壁にぶつかってしまった。
「あ"っ!痛った!!もう少し離れて寝たら良かった………」
打った頭を撫でて、自分の荷物を持ち、外の様子を見に行く。
「銃声、ということは殺人か狩猟かどちらかだな。」
扇を鞄から取り出し、風の力で地上へ降りる。今度は雑に投げ出されないように地面より5m高い所から飛び降りた。
「音は近くから聞こえたからこの辺りに決まってる。ならこっちだ!!」
彼女は街の方へと駆ける。その銃声の先に居たのは、船の中で出会った顔立ちのいい青年とエルフの少女、ぬいぐるみを持った少年にロシア帽を被った小柄な少年が。しかも、彼らの傍には噂で聞いていた暴走熊の首なし死体が置かれていた。そしてあの青年の手には質の良さそうなライフスコープが握られていた。
(まさかこの青年がアレを殺ったのか?どうやって?猟友会でも手に負えないほどだと聞いていたはずだが?)
彼らの所まで駆け寄って話しかけてみた。
「喜びを噛み締めている中にすまないが、少しお邪魔していいかな?」
すると、エルフの少女はぱっと笑顔になり、青年の方は顔をむすっとさせていた。
「あっ!!あの時の人!!」
「やあ、また会ったな。御一行の討伐、ご苦労さまだ。」
できるだけ彼の気分を悪くさせないようにパチパチと小さな拍手を送った。が、それでも彼の怪訝そうな顔は変わらない。
「………貴様、何の用だ。」
(顔のいい青年にしては口が悪いな………でも才能があれば、すぐにでも助手にしたいところだ。)
「ああ、そんな怖い顔しなくてもいいよ。妾は研究者だ。何も君達には悪い施しをしないさ。」
(ちょっとだけ、あの熊の身体を調べたいんだよな。何か目ぼしいものが見つかるのかもしれないし。)
「ふむ……………ここかな?」
熊の死骸に近づいて、物が沢山入っていそうな腹部を手持ちのマチェットで切り裂いた。
中から出てきたのは赤い水晶状の塊だった。
(これは!!最近、アイツが調べている重要案件で聞いていた物体!?何でこんなところに………)
驚きを顔に出さないように"わざと"「目的のものを手に入れて嬉しそう」な顔をした。
「あった、あった、これだな?」
「一体何だ、これは。」
自分の仲間の研究をこの青年に話してしまうと邪魔される可能性があるので、あえて内容を濁してみる。
「うむ………それはちょっと教えられないな。こちらは一般人にはこなせない依頼を任されているのでね。特にこれに関してはな。」
この宝石が永遠達にとって重要なものだと強調して言った。この研究だけは他の誰にも引き継がせたくないのだ。
それと早く帰りたい。肌着と白衣、膝丈スカート、タイツにローファーじゃあ、もう寒さに耐えきれないのだ。
彼女は一応、その青年に自分の名刺を渡しておいた。またどこかで会うのかもしれないし、"研究者"として、優秀な彼を自分達の組織に取り入れたいからだ。
「おっと、君にはこれを渡しておこうか。妾の名刺だ。大事に取っておけば、何処かで役に立つのかもしれないぞ?それじゃあ、お先だ。」
転けないように走って街の方へと戻って行った。壁の出入り口まで来て、門番に大扉を開けてもらい、街中を駆け抜ける。お茶を飲んだり店内を廻る暇はない。港に停泊している船に駆け込もうとする。
「姉ちゃん、危なかったな。もう少しで出発するところだったぞ。顔から見て、急ぎの用事だろう。良かったな、間に合って。」
「ああ、そうだ、すまないな………」
本当は寒いから船に駆け込んだのであるが。まあ、良しとしよう。この後、また書類をまとめなきゃいけないのだから。
船内のフリースペースで椅子に腰掛けて、大きなため息を吐いた。
その時ふと、あの奇妙な夢について思い出した。
(そういえば、あの少女は誰なんだ?自分でもよく分からないが"知らない人なのに知っている人"なんだが。部下にそういう知人がいるか聞いてみるか。もしかしたら前にあったかもしれなくて忘れているだけなのかもな。)
彼女も青年と同様に何かに意識を取られていた。