Hipocresia
三人は草原と舗装された道をひたすら歩いていた。気候が"ヨーロッパ"・"西アジア"・"北アフリカ"の地中海性気候である為、陽の光が強く照っていて、とても乾燥する。
だが、何故かキャメロンは喉が渇かない。何故ならそもそも"喉が渇く感覚が分からない"からだ。
花菜の頬が紅くなっている。キャメロンの検索結果(のうない)には"熱中症"という言葉(キーワード)が思い浮かんだ。
「暑い………………よ………………喉…………渇いた…………疲れた」
「ウチもつーかーれーたぁ!!」
「そうなのか。俺は"疲れてもいない"し、"喉の渇きも無い"が。」
「それはアンタが大人やからちゃうんか………………」
「いや、それは違うが。」
"普通の禁索体や人間、獣人などの種族"ならこの暑さには耐えきれないだろう。だが、キャメロンは違う。"身体の構造"がまったく違うのだ。
「キャメロン…………………おんぶ…………………」
「ウチもおんぶしてぇー」
「…………………はあ、仕方ないな。」
キャメロンが屈んで後ろに手を伸ばす。
「ほら、乗れ。」
「ありがとう…………………」
「アンタぁ気が利くなあ!」
「そうか?」
意外と花菜は"軽い"。まだ筋肉が付いていないからなのか、キャメロンからしてみれば"二匹の鼠を背負い鞄に入れて持ち運んでいる"ように感じる。
「どこかの村まで走るか。」
「えーどこも村なんか見当たらへんやんけ。」
「あつい…………………」
不味いな。このままだと脱水症状がもっと酷くなってしまうな。
ガサガサッ。
どこかで草むらが揺れる音がした。獣か?だが、一方にその"獣"が現れない。気のせいか。
早く村を探して、宿も取っておくか。
「オハナ、花菜。少し良いか。」
「何やねん………………人が疲れている時に…………………」
「貴様は妖精のはずだが。」
「ええやん、そんな事。で、何や?」
「"分速833m"で走って良いか?」
「分速833m……………って時速50kmやないか!アンタが!?出来るわけないやんか!!」
「計算早いな。」
「いやいやいや!!お前、アホちゃうの!?"自動車の速さ"やで!?生身の"人間"でおんぶは吹っ飛ぶって!!」
「"俺"なら出来る。信じてくれ。」
無表情な顔でキャメロンがそう言う。
「ん〜………………しゃーないなー。今はアンタしか居らんから頼るけど。」
「感謝する。」
「んじゃあ、はよ行こか!」
「花菜、オハナ、しっかり掴まれ。絶対に離すな。」
「はいはい、絶対に離さんよ笑」
花菜は静かに、オハナは馬鹿にしながらもキャメロンの肩を持った。
キャメロンが両脚に"最大出力"の負荷をかける。右脚を前に出し───────────地面に大きなヒビが入る。
その瞬間、キャメロンが消える。
「うわあああ"ああああああああ"ああ"ああああああぁぁぁ!!おまあああ"あああ"ああぁぁぁ!!」
「…………………」
オハナが汚い悲鳴を上げ、花菜がいつの間にか気絶している。
キャメロンが走りながら"脳内で無作為にルートを構成する"。
(一番効率的な最短ルートはどれだ?…………………北東10km先に小さな村がある?北西20kmにも大きな村があるが。…………………ここは小さい方を選ぶか。)
少し脚にブレーキをかけ、北東の方に向かう。あと9、8、7……………4、3、2、1……………
村の小さな門の前で止まった。キャメロンはそれでも疲れていない。オハナと花菜は…………………意識がない。
走った時に追い風のせいか、花菜の髪に葉っぱが付いている。
「おーい!!どうしたんだ!!」
村の奥から猫耳の青年が駆け寄ってくる。紫髪金眼で好青年を感じさせる。この村の"人"か?
「すまないが、この背負っている少年が熱中症で意識がなくてな。ここで処置をして貰えるか?」
「構わないですよ!ささ、どうぞ!!」
村の人達が家の中から怪訝そうにこちらを見る。
獣耳の人もいれば、普通の人間もいる。この村だけが種族が混同しているのか?
青年に藁でできた大きな建物に案内される。
花菜とオハナをベッドに下ろす。
「感謝する。」
「いえいえ。あっ、僕、キ=ヒジリって言います!よくヒジリさんって呼ばれています!」
「俺はキャメロン=モードレッド=ディルムッドだ。キャメロンって呼んでくれ。」
「キャメロンですね!!そういえばお聞きしたいんですけど、旅をしているんですか?」
「見たら分かるだろう。ただただ放浪しているだけだ。」
「すみません……………手荷物が見つからないのでつい……………」
「ところで、ここは獣人と人間が共存しているのか?」
「そうですね!この【コー・エクシステンシア大陸】自体は他種族との共存が基本なので!」
「なるほど……………」
(大陸自体が他種族共存を"強制させている"のか?それとも元からか?不思議な場所に来たものだな……………)
キャメロンの"脳内処理装置"(プロセッサー)がこの状況について整理しようとする。
「あの……………」
「何だ。」
「今日、この村に泊まってくださっても構いませんよ!」
「いいのか?それは村全員に許可の申請が必要ではないのか?」
この村に一切の宿が見つからない。村人たちの小さな"住処"だけ。ならば、部外者がこの村に泊まるには許可が必要ではないのか、とキャメロンは考えていた。
「いえいえ!そんな必要はありません!村のみんなは大歓迎ですから!!」
そうにも見えないが。キャメロンが外から覗いている村人たちの蒼い顔を見つめていた。どこからどう見ても怯えている。
「じゃあ早速、お部屋をご用意致しますね!」
ヒジリが嬉しそうに建物から出ていった。
「……………どうしたものか。」
そう言いつつ花菜の髪を撫でる。とても静かに寝ているようだ。寝息がゆっくりと聞こえる。
「…………………」
「…………………」
犬耳の少女二人が用心深くこちらを覗いている。双子なのだろうか、顔がそっくりだ。
「何故、入らない。」
「……………お兄さんが知らない人だから。」
「当たり前だろう。俺も貴様らのことを知らない。ただの赤の他人だ。」
「ちょっとミミ、失礼じゃないの!ヒジリさんがせっかくお客さんを連れて来たのに!」
「だって、本当のことだもん……………」
「それには賛成だ。」
「すみません、本当に。私の妹が粗相な発言をして。」
「気にしていないぞ。むしろ、こやつが正しいことを言っている。……………いい妹を持った者だ。」
「そんな………!この子はいつも人に迷惑をかけているので。あっ、申し遅れました。私、ナナと申します。こちらは妹のミミです。」
ナナは垂れた犬耳で茶髪金眼、ミミは立った犬耳で金髪赤眼だ。顔はそっくりだが、姿にはとても差異が見られる。
「俺はキャメロンだ。そしてこやつは連れの花菜でぬいぐるみのオハナだ。」
「可愛いですね、花菜ちゃん。女の私でも惚れてしまいます。」
「花菜は男の子だぞ。見た目は女の子だが。」
「えっ!!意外ですね!」
ナナは花菜の可愛さからか、笑みがほころぶ。
そんなに男が可愛く見えるのか?
「ところで話は変わるが、あのヒジリとやらはどんな奴だ。」
「ヒジリさんですか?絵に描いたような良い人ですよ!この前もおばあさんの介護をしていましたし。」
「なるほど……………"偽善者"、か。」
「ヒジリさんはそんな人ではありません!!本当の善人です!!」
「そう興奮するな。あくまでもそれは俺の価値観だ。とはいえ─────────────
あのヒジリが相当好きなんだな、貴様は。」
「なっ………!!」
ナナの顔がすぐさま紅くなる。
「と、とんでもないですぅぅぅぅぅぅ!!!!」
顔を手で覆い隠して、出ていってしまった。妹が置いてけぼりだ。
「お兄さん、すごいね。お姉ちゃんの恋も分かるんだ。」
「いや、そうでも無い。」
本当は"人"の気持ちなど理解できない。ただ"心の予測変換"(コールドリーディング)しているだけだ。
人の気持ちはさっぱり分からん。
「私も帰る。じゃあね、お兄さん。」
「ああ、気をつけて帰れよ。」
テクテクとミミがゆっくり帰る。
部屋が重い沈黙に包まれる。キャメロンの身体がさらに"冷たくなる"。まるで"身体に鉄が組み込まれている"ように、皮膚の表面温度が下がる。
「……………怪しいな、あのヒジリって奴は。」
何故こんなにも"簡単に"滞在を許可したのか。何か目的があるのではないのか。
……………いや、深く考えすぎなのかもしれない。今日は寝床につくことにしよう。
その辺に置いてあったブランケットを引っ張り出して、床に寝そべる。
【就寝に入る】(スリープ)。
深夜の村外。一つの木の上に誰かがいる。
「あの村に"あの"男が入りましたわね。」
口に黒い鉄製のマスクを覆い、水髪金眼の少女がそう言う。尖った耳が光に照らされる。
「凶兎様にご報告しなければ。」
少女が去ろうとすると、
「だずげてくれええぇぇええええ!!!」
「!!」
後ろから男の悲鳴が聞こえる。振り向くと、腹から血を流して"誰か"から逃げている。
黒い影が男を追いかける。
「違う!!違うんですっで!!!」
鼻水で何を言っているのか分からない。相当やられてるのだろう。
「お願いだから、俺を殺さないでくれ!!」
影が何かを振り上げる。
「いやあああああ"ああああああああぁぁぁ!!!!」
グジャア………………グシャ………………
男の断末魔とハンマーが肉を叩く音が聞こえる。
「ひっ!違うですのよ、水蓮!違うですのよ、見なかったですの!」
魔法陣が出現し、少女が消える。
草原には肉塊だけが残っていた。